666文字百物語

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  13、消えた姉  

 僕には姉さんがいたはずなんだ。
 病弱だった子供の頃、寂しいとき、つらいとき、悲しいとき。そんなときには決まって姉さんは手を差し出した。当時は僕よりも大きかったその手はとてもあたたかくて、ずっと手を繋いでいたいって思ってた。
『大丈夫、心配ないよ』
 そう囁いて、抱きしめてくれるだけで、僕はいつも安心できた。いつくしむようなあの眼も、姉さんのあの手も大好きだった。
 なのに、姉さんは今はいない。家にはたしかに姉さん部屋があるのに、姉さんのものが置いてあるのに、なぜか本人だけがいない。今の僕が高校生なのに、記憶にあるのは幼い日の姿だけ。一体どういうことなんだろう? 僕の姉さんはどこにいってしまったんだろう?
「母さん、姉さんはどこ?」
 包丁で何かを刻みながら、母さんは上の空で言う。
「……何のこと?」
「だから! 僕の姉さんだよ。いたじゃないか!」
 母さんは驚いた顔をした。そして悲しそうに眼を伏せる。
「そう、あの子はまだいるのね」
 それを聞いた時、なぜかとても嫌な予感がした。母さんは仏間に僕を連れていく。その中央には、僕にそっくりの男の子の顔があった。
「あなたのお兄ちゃんよ。子供の頃から女の子の服を着るのが好きでね。あなたが入院している時に女になるって言い出して、出て行ったの」
 あれだけ優しかった姉さんの顔は、よく見ると男の顔にしか見えない。そうか、僕にいたのは姉さんじゃなくて兄さんだったんだ。
「都会で何かの事件に巻き込まれたんですって。あんたがあの子のことを思い出したのは虫の知らせというやつかもね」
 手が大きかったのは、男だったからか。兄さんは僕のことをどう思っていたんだろうか。子供の頃のあの眼は、ただの弟を見る眼じゃなかった。将来の成長を期待しているような、そんな眼だった。まさかとは思いつつ、思い出して、ぞっとした。
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