666文字百物語

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  11、わたしのイデア  

 かの哲学者、プラトンはこの世の物質は本物ではないと言った。
 すべてのものは本当にある『イデア』を模したものであり、本物はイデア界と呼ばれるところにあるらしい。
 わたしはその話を聞いた時、ひどく納得した。
 大好きだったおばあちゃんが亡くなった時、それは本物のおばあちゃんではない気がしたからだ。プラトンの言う通り、イデアというものがあるのならば、この違和感は綺麗に解決する。
 そしてわたしは気になってしまった。

 ――わたし自身のイデアって、あるんだろうか?

 プラトンの言うことが正しいのならば、今のわたしは写しである、イデアであるということになる。一体どうすれば、わたしは本物のわたし――わたしのイデアに出会えるのだろうか?
 今やわたしは、四六時中そのことばかりを考えた。わたしのイデア。本物のわたし。それは一体どこにあるのだろう? どうすれば見ることができるのだろうか?
 ……わたしは一種の真理を得た。ビルから飛び降り自殺した女性の遺体を見た時、思ったのだ。

 ――なんだ、簡単なことなんじゃない。

 わたし自身が死ねば、わたしのイデアも消えるはず。だって、今のわたしはイデアの写しに過ぎないのだから。見ることができないのならば、いっそ消してしまおう。わたしは躊躇うことなくビルから飛び降りた。意識が遠ざかっていって、それで――


「この子、そうとうイッちゃってたらしいぜ」
「いつもブツブツ、なんか呟いてたもんな。やばいじゃん?」
 その女性の遺体は、恍惚とした表情を浮かべ、手足があり得ない方向に折れ曲がっていた。
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