666文字百物語
9、暴君の最期
私にはなんでもすることができる権利がある。
ローマの第五代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・ドルースス、それが私だ。
私は芸術、特に音楽を愛した。観衆を集め、美酒を傾けながらのコンサートは最高だった。好物の紅ヅルの舌も、特に美味に感じられたものだった。
しかし、私の得た権力を目当てに様々な者が私の傍に寄っては離れていく。
私の実の母もそうした女のひとりだった。私の寝室に忍んできては、床に入らないかと誘惑する。そんな悪女だった。母は、あの女は、権力さえあれば相手が実の息子でも構わなかったのだ。……まったく、始末に負えない。だから私は母を殺し、コロシアムで安寧を得た。その時にはもう、普通の娯楽では満足できなくなっていたのだ。
「……ネロや。私のかわいいネロや」
それから夢を見るようになった。母が幼い私の名を呼ぶ夢だ。私はもう、すでに大量の血を流し過ぎた。もう疲れていた。
「ネロ、おいで」
母の声は、近親相姦を迫った時よりも艶やかであった。私はもう死ぬのだろうか? まだまだやりたいこともあったはずなのに、もうどうでもよくなった。きっとこれが私の天命なのだろう。
「はい、母上」
私は冷たい母の手をとった。
途端に母の身体からは肉が剥がれ落ち、骨だけになった。それは母だけでなく、私も同じ。
「これが罰なのか」
私は美しかった母に手を引かれながら、オルフェウスが見たという冥界へ進んでいく。
Copyright (c) 2023 rizu_souya All rights reserved.
-Powered by 小説HTMLの小人さん-