666文字百物語
2、なんでも叶えてくれるなら_ある男の場合
やぁ! 僕は神様の使いだよ! 神様って言い方が気に食わないなら、仏さまの使いと呼んでくれてもいいよ。まぁ、よろしく。
そんな僕が何の用もなしに地上に降りてくるわけないでしょ? 用事はね、君の願いをなんでも一つだけ叶えてあげるということ。神様のご命令ってわけだ。
ただし、リスクはあるよ。必ず煉獄、もしくは地獄に落ちるということ。その覚悟が出来て、願い事があるのなら言ってごらん? なんでも叶えてあげるから。
「……本当に、なんでも?」
「だからそう言っているじゃないか。君もたいがい疑い深いね」
もうかれこれ小一時間もこの押し問答を続けている。
俺は信心深い方じゃない。神も仏も信じちゃいないし、墓参りも行ったことがない。そんなことをしているほど暇じゃない。俺は忙しいからだ。
「仮にお前が本物だとして、俺の願いを叶えるメリットはなんだ?」
「だからさ、メリットとか、そういう損得勘定じゃないんだよね」
死んだ後なんて、どうせ俺には家族はいない。親戚との縁もすでにすべて切れている。失うモノなどない。ならば――
「付き合ってる女がだな、最近連絡ひとつ寄越さないんだ。素直じゃないのは知っていたが、もっとかわいい面を見せてくれてもいいと思わないか?」
「つまり、彼女に愛情を求めるわけか。うん、いんじゃないかな」
そう言った途端、俺の携帯が鳴った。表示されている電話番号は間違いなく彼女のものだ。
『ごめんなさい。私、かわいい女じゃなかったわね。もっと素直になるわ』
そう改めてくれるだけで十分だ。
俺は自分の部屋に飾ってある、彼女の盗み撮り写真に向かって微笑んだ。これでもう、ごみ漁りもしないで済むというわけか。地獄に落ちようが、生きてる間が幸せならそれでいいじゃないか。俺はつくづくそう思った。
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