城物語

第十章 蓮杖美鈴――レンジョウミスズ――

 ――俺の先祖はな、大陸の西に棲んでいたんだ。
 ――詳しく聴いたことはないが、動物と喋る『能力』を持っていたらしい。
 ――だが、いつの時代も『力』を持つ者は迫害される。
 ――それで日本に逃げてきたんだ。
 ――その『能力』もだんだん薄れていって、俺は犬と話すのが精いっぱいだった。
 ――お前がカラスと喋れるのはちょっとした『先祖返り』なのかもしれないな。
 ――泣くなよ。お前が決めたことだろ?
 ――きっとその能力は孤独なお前を助けるためにあるんだ。
 ――大丈夫。お前は一人でも立派に生きていけるさ。
 ――この俺の、『月城鷹』の娘なんだから。



「……本当に行っちゃうの?」
 銘々が名残惜しそうに烏を抱きしめる。その抱き締め方は、これまでのものとははっきりと解る『違い』があった。それだけの理由のある状況と要素が存在してもなお、烏は自分の決めた事は曲げない、曲げるつもりもない。それが彼女の生き方、彼女はその名を知らないのだけれど、『信念』と呼ばれるモノだった。よって、そんな銘々に対しても、少女はこうする。
 ただ、『頷く』。
 φの店は相変わらず繁盛していて、烏の『出発の日』にも顔を出せないでいる。烏としてはその方が良かった。……顔を見ると辛くなってしまいそうだから。嫌いな相手とはいえ、そんな『不義理』は嫌だった。
「……黙って行かせてやるのも『友情』。違う?」
 褥が煙管を咥えながら烏の顔を見る。初対面の時よりも背が伸びている。多分、『セイチョウキ』というヤツだろうと烏は思う。
「でも……!」
「……銘々、褥、あといないけど、φも。今まで本当にありがとう」
 烏という名の少女は、生まれて初めて『満面の笑み』を浮かべた。銘々は目を丸くし、褥は煙管を落とした。
「……心配してくれてることも解ってる。でもあたしは大丈夫。この子たちがいるから」
 烏の言葉に反応するように、カラスたちは一斉に鳴いた。そのいつもとは明らかに違う声音は、確かに『大丈夫』といっているのだと、『能力』を持たない銘々にも、褥にもはっきりと解った。
「……確かに『外』はこわい。でも、あたしは……」
 『あの後』、『上層部』から一人帰る烏に、褥は何も言わなかった。彼女は何があったのか察しているのだろう。聡い少女なのだし。それでも黙っていてくれているのは、烏に『友情』に似た何かを感じているからだと烏は思う。
「……じゃあ、あたし行くから」
 烏は大量のカラスを連れて、φの店を後にする。もう二度と、この店の『自動ドア』をくぐる事もない。
 ――……あたしは、『外』に行って、『知り』たいの。どんなにこわくても。……きっと、鷹だって……。
 そうは考えていても、胸に空いた謎の『穴』の正体は、彼女には解らない、知らない。
 その後に残された銘々と褥は立ち尽くした。
「……烏ちゃん、鷹さんを亡くしたのに。あんなに……」
 泣き出す銘々。……とてもではないが、大量の男に「死ね」と言ってきた女の姿とは思えなかった。
「……そうじゃな」
 その時、空気を読まないφの能天気な声が聞こえた。
「おーい! 烏ちゃーん! 少ないけどお金持ってきなよー!」
 だんだん近づいてくる弟に、銘々は泣きながらビンタを繰り出した。


 蓮杖美鈴は命の危機に直面していた。
「……嬢ちゃん、俺のコレクションにならないか? いや、なりたいよなぁ……?」
 『学問所』で配られた連続殺人犯が少女の前に立ちふさがった。どう考えてもまだ幼い自分が、この醜い大柄な男に勝てるとは思えない。
 ――お父さん、お母さん!
 いつの間にか袋小路の奥へと誘導されていた。それはこの目の前の男の計算だったのだろう。男が愉悦が滲む顔でサバイバルナイフを振り下ろそうとした。
 ――たすけて!
 しかし、いつまで経っても自分を蝕む痛みはなかった。 恐る恐る目を開けた時、目に入ったのは首筋から血を吹き出している連続殺人犯の無残な『死体』。
「大丈夫?」
 鈴の音のような声だった。
 月を背景に、夜は肌寒いこの時期に、黒くてノースリーブのワンピースを着た自分より幼い少女が、血に濡れた果物ナイフを持って立っていた。
――えっ? 
 突然の出来事で、頭が働かない美鈴を見つめている少女は、やっと重大な事に気づいたらしく、心底困った顔をした。
「『外』じゃ『殺人』は『駄目』?」
 その言葉に美鈴は我に返る。この少女が自分を助けてくれたのだ、と。
「……大丈夫ですよ。正当防衛ですから」
「『セイトウボウエイ』? なにそれ?」
 確か、この少女は『外』と言わなかったか。
「……あなたはもしかして、『城』の住人なんですか?」
「……『元』、だけどね。今は旅をしているところ」
 美鈴は『城』に興味を持っていたが、両親からはいい噂を聞かなかった。
「じゃあ、今日泊まる場所とか決まってなかったりしませんか?」
「うん、決まってない」
「それなら、わたしの家に来ませんか? 『城』の話が聴きたいんです」
 美鈴の提案に彼女は飛びついた。辺りに、いや少女の周囲にいたカラスたちが、一斉に鳴き出す。
「なっ、なに?」
 少女は一羽の烏を肩に乗せて、嘴の感触を楽しんでいる。
「……この子たちはあたしの友達。あたし、この子たちの言ってることが解るんだよ」
 この話に、美鈴は更に興味を惹かれた。少女の方も美鈴の話を聴いてみたいという顔をしていた。
「……あなたのお名前は?」
 『元』とはいえ、『城』の住人である少女ははにかんで口を開いた。

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2014年 月日 莊野りず

城物語完結です。
美鈴の出番はあれだけです。
長いようで短い十話完結でしたが、書いてる分には楽しかったです。
ジャンル的には近未来ファンタジー?
烏と美鈴の話が読みたいという方がいらっしゃいましたら、全力で書かせていただきます。
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2015年 4月22日 莊野りず

はい、『城物語』完結です。
元の話は『俺たちの戦いはこれからだ!』的な終わりだったんですが、それも合わないなぁという事で色々変更しました。
そして結局書いたのは『烏の成長』がメインでした。
どうしても主人公には成長して欲しいって思ってしまうのかもしれませんね。
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