ススム | モクジ

● レンアイオムニバスーSideG --- 1,さあ、覚悟はいいかしら ●

「あたしは……Sよ?」
 セーラ服の少女が、腕を組みながら胸を張る。その表情には自信がありありと見て取れる。服装で少女だとは解る。
 彼女と相対する、気の弱そうな詰襟の学生服の少年は頷く。
「それでも構わない。僕はそんな君が大好きだから……」
少年の頬は赤い、相当緊張しているのだろう。彼女は、これまでこんな純粋な男子の告白を受けたことがない。いや、『告白される事』自体、これが初めてだ。少年の照れが移ったのか、少女の頬も桃色だ。
「……どうなっても知らないからね?」
 ぷいと少女は歩いて、どこかへと行ってしまう。
「あっ、待って!」
 少年は追いかけようとするが、咳こんでしまって、それができない。こんなにも脆く、弱い自分自身の身体を、少年は心から呪うしか出来なかった。



「深沢志桜里!? ……お前、あの女と付き合ってんの?」
 同じクラスの、よく喋る友達が、ジュースを喉の奥に詰まらせた。他の者もコーヒーを吹いたりしている。
「うん。志桜里さんって美人だよね!」
 桐生智久は、食後のお茶を飲んでいる。その顔が『幸せでしょうがない』と、言っている。
「ふ~ん。全く、お前みたいなのがよく深沢と付き合えるな? ……あの女ってドSで有名だろ?」
 深沢志桜里は智久の同級生でクラスメイト。実は、去年も同じクラスだったのだが、きっと彼女は存在感のない智久の事を覚えていないだろう。
 智久が校内でも有名なドS娘、深沢志桜里と付き合える事はある意味で『奇跡』だ。 彼女は気が強く、誰の言うことも聞かない。それが一般的な彼女像だ。
 でも智久は知っている。体育館の裏に捨てられている仔猫に餌をあげている事を。更には彼女が、朝早く登校し、花壇の花に水をやっている事も。彼としては、至極当然のことの様に知っている。……しかし、その事は自分だけのヒミツだ。
 とにかく、志桜里は誤解されやすいだけで、本当はとても純な女の子なのだ。その事は智久しか知らないけれど。
「うん。それが?」
 しばしの間を置いて、智久が肯定すると友達が頭を抱える。
「なんでお前みたいな普通の奴が、よりにもよって深沢なんかと……」
 そう唸っていると、その本人が近づいてきた。
「どいて」
 凛とした声がその場に響く。噂をすればなんとやら。
 智久はその堂々とした姿にどきりとした。
「そこをどいてもらわないと水やりできないでしょ? 早くどいて!」
 志桜里は小さな如雨露を持っていた。
「は? なんだって?」
 智久の向かいに座り込む友達が聞き返す。
「シクラメンの水やりでしょ? ……やっぱり志桜里さんは優しいや」
 智久がそう言って笑うと、志桜里はムスッと、怒った顔をした。
「……」
 何か言いたそうだったが、もたもたしていると冷やかされると思ったのか、すぐに智久たちの間を通って行った。


 あれは確か、一日の授業が終わり、美化委員の仕事を終えれば帰れる時間になった時の事。智久と志桜里はクラスの推薦で、美化委員決まっていた。今日の会議の内容は冬季の植物の手入れについて、だ。他のクラスの委員はサボったり内職したりと不真面目。
 智久は配られたプリントに目を通していた。志桜里もそうしていたが、いきなりプリントから目を離した。……なにやら、この教室が嫌な雰囲気だ。
「冬の花っつてもな~。花なんか、あってもなくても同じじゃん?」
 隣のクラスの乱暴者の声だ。彼はよく揉め事を起こすことで有名で、教師の悩みのタネだと智久も噂で聞いたことがある。ここは関わらないのが一番。……最初はそう思っていた。
「そうそう! 花なんてくだらないし~、ガキじゃあるまいしィ?」
 彼と付き合っていると噂の女子も、彼に同意。そして会議室に飾ってあるミニシクラメンを見た。……嫌な予感がする。
「あたし、いい事思いついちゃった!」
 ぞっとするような、薄気味い悪い笑みだ。彼女の目線はペン立てに立てられている鋏に向かっていた。それでやっと何をしようとしているのかが解った。
「ちょっ――」
 智久は慌てて止めようとした。
 しかしそれよりも、志桜里の行動の方が早かった。無言で彼女の傍に近づき、鋏を握った手を握りしめた。
「なにすんだよぉ! 痛てえぇな!」
「花は一生懸命咲いてるの! 遊びで傷つけるなんてこの私が許さない! 黙れ、このブス!」
 最後のは、言ってはいけない言葉だが、智久は志桜里の格好よさに、つい感銘を受けてしまった。他のクラスの美化委員は全く動きもしないし何も言わない。
 なのに志桜里だけは、迷う事なく行動した。
 その後、やっと教師が入ってくると、何事もなかったかのように彼女は席に戻った。智久の目に志桜里は神々しく映った。それ以来、彼の中で志桜里は、『女神』と崇めるに足る存在になっていた。
「格好良かった! 志桜里さん、って呼んでいい?」
その日から、智久の中で志桜里の存在は大きくなり、告白に至ったのだった。


 付き合いだして、初めての学校からの帰り道。委員会活動で遅くなったので、「家まで送る」と智久が誘った。一人でも全然平気だ、と志桜里は言ったが、この時期の女子の一人歩きは危ない。
 しぶしぶだが同行を許された。
「志桜里さんって、本当にステキな人だよね!」
「……何が?」
 とぼけている様子はない。 彼女は自然にあんな真似が出来るのだ。
「いや、解んないならいいや」
 本人も覚えていない素敵な行動を、自分だけが覚えていられる、なんて嬉しい。なんだか彼女の魅力を『独り占め』している気分だ。
「……ねぇ?」
「……はい?」
 話題がなくなって気まずいのか、志桜里の方から話しかけてきた。
「あんたって心臓に病気があるって本当?」
 暖かだった気分が、一気に重くなった。親しい友達にしか話していないのに、なぜ知っているのだろう。友達には彼女二だけは言わないよう口止めしてあるし、自分も言った覚えはない。
「……それは」
 どう答えたらいいのか解らない。もしかして心臓に病がある男は嫌なのかもしれない。そんな不安に押し潰されそうになる。
「答えて! 答えなさいよ!」
 ドSな面が出てきた。快感ではないあたり智久はドMの資質はないらしい。
「……誰から聞いたの? 僕の友達?」
 それだけしか言えなかった。自身の弱い身体が憎い。
「誰からでもいいでしょ? 本当なの?」
「……イエス」
 やっとの事で答える。その一言しか言えなかった。せっかくの、志桜里との帰り道だというのに。せっかくの、初めての放課後デートのはずなのに。……それからは無言で志桜里の家まで一緒に行った。
 中に入るかと誘われたが、嫌われたかもしれないというショックでそれどころではなかった。


 智久は幼い頃から心臓が弱かった。何度も入院経験があり、同じクラスの面々は、大体それを知っている。しかし、クラスメイトのマナーとして、敢えて誰も口には出さない。
 志桜里が転校してきたのは今年の九月下旬だった。親の仕事の都合で、転校を繰り返していた、と教師は言った。
 一目見ただけで智久の心は惹きつけられた。
 彼女の色白の肌に大きな黒い瞳、ふっくらとした唇。そのパーツの一つ一つがとても綺麗だと思った。クラスメイトも、当然その美しさに惹かれたものだが、彼女のきつい性格に白旗を上げた。
 最初は智久も敬遠していたが、一緒に美化委員になると、彼女の真面目さやひた向きさに励まされるような気になった。……それから『好き』なんだと自覚した。「Like」ではなく、「Love」の意味で。


 翌日、放課後に志桜里に呼び出された。
――まさか、愛想を尽かされた? 
 そんな不安が胸をよぎる。心臓も、嫌な具合にドキドキしている。
「……遅かったわね。付き合ってほしいところがあるの」
 昨日の続きだろうか。智久は志桜里に連れられ電車に乗った。
「帰りなのに、なんで電車?」
 不安げに智久が訊いても、志桜里は何も答えない。十駅先に着くと電車を降りた。五分程歩くと『美柳病院』という看板が見えてきた。
「ここは……?」
 志桜里は勝手知ったる場所、という風に歩いていく。慌てて智久は彼女を追う。
「深沢先生は?」
彼女がそう尋ねただけで、診察室とへ通された。どこでも、何度見ても、病院の真っ白い壁は落ち着かない。
「あの……ここは?」
「あなたは、あたしの彼氏でしょ? なら心臓病くらい直してみせてよ!」
 軽く言い放つ彼女の後ろから成人男性が出てきた。まだ若く見えるし、どこか志桜里に似ている。それもそのはずで――。
「君が桐生くんかい? ……娘がお世話になっているよ」
 まさかの父親の登場に智久は焦る。
「付き合ってるといっても、大したことはしていません! 本当です! キスもまだですっ!」
 ぎくしゃくしながら言うと志桜里の父は人が良さそうに笑った。
「誠実な少年だ。ただし、娘と付き合うなら、健康になってもらわなければならん。……私の手術を受けてくれないか?」
 突然の事で何が何やら解らないでいたが、診察室の医師の名前欄に『外科医』と書かれている。
「さあ、覚悟はいいかしら?」
 志桜里の笑顔がドSらしいものに変わった。普通ならば恐れるところだが、智久はそれが何よりも綺麗だと思った。
ススム | モクジ
Copyright (c) 2023 rizu_souya All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-