クリスマスイブ。親子連れと見える女性と少女が空港の搭乗口へと歩みを進めてゆく。女性は五十代ほどに見えるが、少女の方はやっと六、七歳といったところだ。これでは親子ではなく祖母と孫娘だ。ふたりは同じ色合いの濃紺の法衣を纏っている。年かさの女性は、髪をベールの中に入れている。少女は胸元にオレンジがかった正十字を下げている。
そんな二人組の姿を眼に認めるや否や、予め空港で待っていた黒服の男二人が彼女らを見やる。その視線は何かを言いかけているようでもあったが、結局は何も言わなかった。なにやら二人連れに心当たりがあるらしかった。
「…………」
少女は唇を震わせ、女性はそれを聴きとったようである。この二人組は、褐色の肌に白髪が特徴的だ。女性の方は明らかに染めていると解るのだが、少女の方はあまりにも当然のことの様で誰も訊くに訊けないといったところだった。いや、そもそも話しかけるつもりもないようだが。
「あれが気になるのね? あれは『飛行機』というの。これから我々が乗るものよ」
すると少女は不安げに女性を仰ぎ見る。そこには海に落ちて溺れたりはしないかといった、幼い少女なりの心配が伺えた。
女性は口調を変える。これまでの親子らしいものから、なにか神々しいものへの畏怖の感情をこめた口調へと。
「大丈夫ですよ。ホリィ様は神の具現体。その御身には神のご加護が宿っているのですから」
女性が少女と目線を合わせそう保証すると、これまでの少女の不安は嘘のように消えたようだった。無垢な微笑みが少女の顔に現れる。少女はそれですっかり安心したらしく、それ以上は唇を震わせるようなことはなかった。一方、女性はひと仕事を終えたかのように、うんざりとした表情を少女からは見えない位置で浮かべた。
「あのぉ」
黒服の男の片割れがそこに余計なひと言を入れようとして、先輩らしきもう一人に頭をはたかれる。
「……なにすんっすか?」
「いいから黙ってろ。……あの娘の名を知ってるのか?」
「知らないからこそ理解できないんじゃないっすか! なんで俺らがあんなババアとガキを――」
すると先輩らしき男は物を知らない相手を呆れるように見やり一言コメントする。
「いいか? あの娘の名はホリィ・ロマ様だ。『ユグドラシルの具現体』として『教団』に知られるお方だよ」
後半は皮肉交じりの答えになってしまったが、事実は事実だ。少女の情報を聴いた後輩は、眼を大きく開ける。
「えぇ?あの小娘がですか? ……俺、初めて見ました!」
「お前も『教団』の一員ならそのくらいはチェックしとけ! 出世にも響くぞ」
先輩がそう助言すると、当の少女と女性は椅子に座っていた。予め買っていたのだと思われるサンドイッチを少女が頬張る。そうしていると普通の少女と何ら変わらない。おいしいとでも言いたげな表情は愛らしい。
今日はクリスマスイブ。しかしこの場所は日本ではない。
彼女たちにはある『目的』がある。そしてそこには十年前からの因縁が関係しているのだ。
『イスカリオテ』が日本に消えた、その軌跡を追っている。その者の家系は裏切りのエリートだ。その血を一滴も残さず始末するのが彼女たちの任務。
その任務のためならば、二人は一切手段を選ばない。『教団』の中でも、この二人は過激派なのだった。
「そろそろ行かなくては。ホリィ様はまだ歩けますか?」
少女は黙って頷いた。満足そうに女性は笑う。
「そうですか。それはよかった。目的のためには、貴女は必要不可欠ですからね。是非に裏切り者を処断しましょう」
少女にはその言葉は難しすぎるのではないかと、先ほど失言をした男は思ったのだが、幼い少女はその言葉の意味をちゃんと理解しているらしく、むずかしい顔をした。その次の瞬間には、それまでの愛らしさが吹き飛ぶほどに冷たい表情を浮かべた。
「…………」
「そう、処断するのです。ホリィ様のお力で。それが神のご意思なのですから。……そういえば」
言いながら女性は、何事かを思い出したかのように鞄から紙の束を取り出した。そこには宗教関連者の資料と顔写真が掲載されている。,br> 「お知り合いでしたよね? ミヤシタアカネ。現在は東京のボロ教会に棲んでいるとか。会いたいですか?」
答えは知っているのに、彼女は少女の意志を確認するかのようにささやく。面白がっているようでもある。
「…………」
少女は女性を睨みつける。が、少女の眼力では相手はひるまなかった。
ただし、空港に置かれている観葉植物の葉が激しく揺れた。それだけで少女の意志表示は十分だった。
「おい……今、何があった?」
「さぁ? でも葉っぱが全部落ちてるわよ!」
他の客が騒ぎ始めるのをよそに、褐色の肌のふたりは搭乗口へと歩みを進めた。その間、少女は無表情だった。
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2016年 12月24日 莊野りず
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