探偵は教会に棲む

TOP


10 それは誰の罪


「……そろそろホワイトデーか。美千代さんにお返ししなきゃ!」
 建て直したばかりの教会の自分の部屋で、茜は貯金残高を確認していた。 一応『上の連中』が一括払いで払ってくれたが、まだまだ全額を返せない。収入源が茜の『探偵』としての仕事の報酬と、神父のささやかな献金しかない。そんな調子なので余計なものを買う余裕はない。
 しかし、美千代には日頃世話になっているので、少しでも良い物を渡したい。……残高は思っていたより少ない。祈る気持ちでパソコンを立ち上げ、メールをチェックする。
「……やった!」
 たった一件だが依頼のメールが届いていた。茜はさっそく内容を確かめて返信メールを送った。


 依頼人が待ち合わせに指定したのは、全国でチェーン展開しているコーヒショップ。茜が着いた時には、依頼人は湯気が上がるコーヒーを飲んでいた。
「はじめまして。探偵さんと聞いていたから、どんないかついおじさんかと思ったら、こんなに細い人だったなんて驚きました!」
 年齢は同年代に見える青年はそう言うと、茜に座るよう促した。
「何か飲みますか? 奢りますよ」
 彼は人の良さそうな笑みを浮かべる。お言葉に甘えて、茜はカフェモカを注文した。
「自己紹介が遅れました。僕は藤代西紀といいます。探偵さんって調べ物とかもしてくれるんですよね?」
 西紀は確認するように尋ねてきた。茜はカフェモカを飲みながら頷く。
「法的に違反になるようなものは無理ですが、そうでないのなら大抵の事は調べますよ」
 いつもは殺人事件などスケールの大きい『事件』ばかりを担当しているので、こういった仕事は珍しい。今回は随分楽そうな仕事だとカフェモカをもう一口飲む。
「実はこんな事があって……」
 彼は声のトーンを落として話し始めた。


 始まりは先月の十四日、つまりバレンタインデー。
 ――見た目は悪くないけど恋人にするにはちょっとね。
 女性からの評価はそんなところだった。今まで生きてきて一度もバレンタインにチョコレートを貰った事がない。けれど、そんな事は一切気にしていなかった。周りの友人達もチョコレートなど貰った事などない。むしろ貰える人のほうが少ない。……それが今年は違った。
 今年で卒業する高校から帰るとポストの中にピンクの包みが入っていた。ポストをチェックするのは、西紀といつの間にか決まっていて、一ヶ月前もいつものように確かめたのだ。宛先は西紀宛となっていて、送り主の名前も住所もない。ただ宅配便の判子が押されていた。
 訝しげに思いながら包みを開けてみると、中には見たこともないメーカーのチョコレートの詰め合わせと、メッセージカードが入っていた。センスの良い白と淡いピンクのカードには、どれだけ西紀が素敵な人物か、とても丁寧な字で綴られていた。……授業中の真面目な態度、家族に優しい青年の顔、部活動に励む姿。
 生まれて初めて貰った賛辞の言葉と甘いチョコレートは容易く彼の心を射止めた。そんな訳で、ホワイトデーにお返しをしたいので名前と住所が知りたい。


「……僕は見たことのない相手の事が、好きになってしまったんです。変でしょうか?」
 「変だ」とはっきり言ってやろうかと思ったが、モテない彼の話は哀愁を誘ったので言わなかった。
「……まぁ、お返しをしたいという気持ちは解かりますよ。でも真実を知って後悔はしませんね?」
 茜は念を押した。大体の事情は解かったし、チョコレートを送った人物も大体想像できた。
「はい。僕はきっと彼女と出会うために生まれてきたんです!」
 彼は熱っぽい瞳で言った。
「じゃあ西紀さん、あなたの家族構成と交友関係を少々教えてください。ホワイトデーまでには名前と住所を調べます」
「高校教師の父さん、専業主婦の母さん、ウエブデザイナーの姉さん、高校二年の妹です。家族仲は普通です。交友関係は――」

,br> 「……そんな事だと思ったよ」
 茜はすぐに真実に辿り着いた。『彼女』はバツが悪そうに俯いている。
「すみません。こんな事になるとは思ってもいなくて」
 コーヒーショップで、西紀から話を聞いた時から疑っていた事だった。
「……だって今までチョコを貰えないなんて、可哀想だったんだもの!」
「だからってこんな事をしますか」
 茜は呆れた。『彼女たち』はみな、ばつがっ悪そうに俯いている。
「恥ずかしいじゃない。モテない兄貴なんて」
「俺とは似ても似つかない」
 西紀が留守にしている藤代家のリビングには家族が勢ぞろいしている。
「ご両親は授業中と家の中の様子を。妹さんは部活動中の様子。お姉さんは手紙の代筆の依頼とチョコの手配。そうですね?」
 彼の家族四人は黙り込んだ。茜は続ける。
「……僕もインターネットはよく利用するので、代筆屋の事は知っていました。字の上手い人が、今時珍しい『手書きの手紙』を代筆するって」
 ウエブデザイナーの姉なら知っていてもおかしくない、茜はそれを切り口に推理を組み立てた。手紙の内容は家族なら知っていても不自然ではない。誰か一人だけの仕業だったらもっと難航していただろう。
 このちょっとした『事件』は、犯人と証人がグルであるオリエント急行殺人事件を髣髴とさせた。
「それに、ネットでチョコを仕入れるのなら、彼のアカウントを作り、宛先を本人にすればリターンアドレスは必要ないしね」
「……でも、それは誰の罪になるの?」
 この行動の鍵となる姉は問う。
「確かに私たちは西紀を騙すような事をしたわ。……でも皆が共犯じゃない。そもそも罪になるの?」
「なりませんね」
茜は静かに断言する。
「……でも西紀さんには真実を話します。彼からの依頼ですから」


 真実を知った西紀は予想通りがっかりした。……でも立ち直りは早かった。
「家族に余計な事をさせたのは、僕のはっきりしない態度だったんですね。これからは前向きに頑張ろうと思います!」
 そう言い切った彼は何かを吹っ切った顔だった。茜もそんな彼を頼もしく思った。
 その夜、訪ねてきた美千代には良いお返しが出来た。これは急に入った、ちょっとした『事件』の報酬のおかげ。……忙しかったが、悪くはないホワイトデーだった。

___________________
2013年 3月14日 荘野りず(初出)
____________________
2015年 3月3日 莊野りず(加筆修正版更新)


TOP


Copyright(c) 2023 rizu_souya all rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-