新学期が始まり、明はいつものように課題を片付けた。それが終わると部屋を掃除する。部屋は一つしかないので少し狭い感じもするが、自分の城だ。
明は誰にも迷惑をかけることもない、この生活に満足している。その招待状が届いたのは寒い雨の日だった。
ポストに入った白い封筒を開けたのは大学から帰り、夕食を食べた後。電気料金や水道代の請求書と一緒に、テーブルの上に置いておいた。封筒を裏返してもリターンアドレスはない。
「誰からだろ?」
全く心当たりがない。智也なら携帯電話にメールで済ませるだろうし、茜にも住所を教えていない。恐る恐る開けてみると、中に一枚のカードが入っていた。
――山瀬明様。あなたは厳選な抽選により本プロジェクトの参加者に選ばれました。つきましては――。
その後は連絡先が書かれていた。
「だから、何で俺?」
事情を説明して、明は智也について来てもらった。,br> 「だって不安なんだよ。こういう時に頼れるのは智也しかいないし」
「智也しかいない」という言葉が気に入ったのだろう、彼は文句を言わなくなった。こういうところは昔から単純で解りやすいんだよな、と明は思ったが勿論口には出さない。
「こんな所でプロジェクトか。怪しいな」
ここにはカードに書かれていた場所からバスで運ばれてきた。すぐ近くに何かの工場があり、黒い煙が立ち込めている。……見るからに身体に悪そうな場所だ。二人を乗せてきたバスが次の組の人々を吐き出した。
カードを受けとったらしい人々が揃ったらしく、代表と名乗る男がステージに上った。
「お集まりの皆様、わたくしJB製薬取締役坂下達郎と申します。本日皆様にお集まりいただいたのは新薬のモニターになって頂くためです」
坂下と名乗った男はステージの下で控える秘書らしき女性に目で合図した。彼女はアンプルを配り始めた。
「JB製薬? 聞いた事がないな」
この手の事には詳しい智也でも聞いたことがないらしい。『新薬』と言われても、怪しいものは身体に入れたくない。アンプルを渡されてもどうすればいいのだろう。
「持って帰って美千代さんに調べてもらおう。……多分違法だ」
智也は薬品の入ったアンプルを鞄にしまった。
異常な事が起こったのはその日の夜。用意された宿泊施設で就寝準備をしていると、誰かの悲鳴が聞こえた。智也と顔を見合わせ、悲鳴のした方へと急いだ。
そこにいたのは、例の男こと坂下達郎。頭を鈍器で殴られたらしく、血が流れている。
「凶器は……これか!」,br> 智也が傍らにあった鍬を指紋がつかないように持ち上げた。刃の部分についた血が生々しい。
「一体、誰がこんな事を」
坂下は意識はないものの、脈はある。明は慌てて救急車を呼んだ。智也は施設の壁に張ってあるポスターに目を向けた。研究所と工場の拡張計画を進めるという内容だ。
「……これだ」
「これって、この地域の景色? 緑がたくさんあって綺麗だね!」
明もつられてポスターの写真を見た。
「……いるんだろ? 出てきたらどうだ、あんた達が襲ったんだろ?」
誰もいない廊下へ向かって智也は呼びかけた。最初はしんと静まり返っていたが、二人の男が現れた。その他にも老人たちがゾロゾロと。……どこかで見た事のある顔が多い。
「あんた達はこの村の住人だな? 取締役である坂下を殺すために新薬のモニターに応募したんだ」
明はハッとした。確かに彼らは、今日の集会で新薬のアンプルを受け取っていた人々だった。
「坂下が死ねば拡張計画は頓挫する、それが動機だろ?」
智也の言葉に村人は肩を落とした。
「……でもなんで『殺そうと』したんですか? 別に方法はあったでしょうに……」
明の質問に年長の男が答えた。
「この村は昔から自然と生きてきた。自然の恵みがこの村の全て。なのに、突然こいつらは研究所だの工場だのを建てた」
男の目じりに涙が光る。
「代々森を守ってきたんだよ! どの家もそうだった! 許せなかったんだ、森を壊すなんて。だから皆で殺せばいい、そう思ったんだ……」
智也は呟く。,br> 「フォリ・ア・ドゥ――感応精神病。あんた達はみんな狂ってるのさ」
坂下は間一髪で一命を取り留めた。その謝礼として、明にはJB製薬の株券が渡された。……そして智也も、珍しい事に高級フレンチを奢ってくれた。
「智也が優しいなんて、何か怖いや」
明が茶化すと智也は真顔で言った。
「……お前は自分の誕生日も忘れてんのか? やっぱり、お前はまだまだだな」
智也はそう悪戯っぽく言って、ワインを口に運んだ。
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2013年 1月7日 荘野りず(初出)
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2015年 3月3日 莊野りず(加筆修正版更新)
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