探偵は教会に棲む

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6 ワインに溶けた殺意


「では、このワインは小岩井氏に!」
 その途端に周りから歓声が上がった。それと同時に盛大な拍手も巻き起こる。見事に目当てのワインを手にした小岩井氏は誇らしげで、誰も何も言えなかった。


 山瀬明は、今年のクリスマスを『教会』で過ごすと決めていた。……はずなのだが。<,br> 「よ〜し! 神父の顔に当てたら十点ね!」
 予想以上に教会でのクリスマスは地味だった。何より教会側がテキ屋のような商売をして、パーティの資金を募っている。一応キリスト教関連の施設なのに、これで大丈夫なのだろうか。
「顔は外れたけど、神父の顔の近くだったからマシュマロあげる」
 茜はこの状況をなんとも思っていないらしい。たくましいにも程があると、溜め息をつきかけた時の事だった。
「そう言えばさ、西の十六にある屋敷でいわくつきのワインを売ってるとかって聞いたぞ!」
 幼い少年のその言葉に、彼女はいともあっさり反応する。
「そ〜そ〜! 前にも死人が出たとか!」
 教会に遊びに来た少年達は、わいのわいのと騒ぎこんでいる。
「ちょっと君たち! ……って、茜さん?」
「……神父、それから明。『事件』だよ!」
 彼女の目が爛々と輝いている。……こうなったら止めるのは無理だ。「大人しく従おう」という視線が神父から出ていた。彼のその反応に、今年も穏やかなクリスマスは無理なのかと、明は腹をくくった。


 西の十六にある屋敷――小岩井家は、古いワインのオークション会場だった。オークションにかけられるものは、全てがかなりの高額だ。実際、明が目にした値段は通常価格の二、三倍はある。
 茜は未成年なので、神父に試飲を頼んだら、あっという間に彼の腰が砕けた。観客の一人になど構っていられないとばかりに、オークションは続く。
「――さて、残りもほんのわずか。秘蔵のワインをお出しします!」
 一口だけならいいんじゃない、という茜を制してみたものの、逆らえずに少し飲んでしまった。……次の瞬間、茜は酔っ払いにクラスチェンジした。
「おかし〜の! ねぇ聞いてるの?」
「はいはい聞いてますよ」
 珍しい茜の面を見れた気がする。それを神父に伝えると、彼はあっさり酔いから醒めて、何かを考えたようなそぶりを見せた。
「……そういえば、主催者の小岩井氏はどこだ?」
 オークションの会場を提供したという小岩井氏がどこにもいない。茜の姿は既にこの場にはなかった。


 茜は一人、屋敷のテラスにいた。今にも崩れ落ちそうなそれが、この家の断絶を示しているようだ。
「あら、先客がいたようね?」
 真っ赤で胸元が大胆に開いたドレスに身を包んだ女性が、彼女に話しかけてきた。手には先ほど落札したと見えるワインがある。
「それ、おいひぃ?」
 酒に弱い茜としては十分に発音した方だった。その時、相手の女性の瞳が輝いた。
「貴方、このワイン飲んでみない?」
 落札したワインを茜に勧めてきた。かなりの高値がついたものだ。
「うん、飲むぅ!」
 確かこの女性は同じものを二本手に入れたはずだ。酔っぱらった頭でも、職業柄覚えている。……なのに手には一本しかない。それを指摘すると、彼女はこう言った。
「もう一本は主人と飲むの。小岩井勝っていう、この屋敷の主よ」
 そういえば子供達がそんな事を言っていたような気がするが、酔った頭ではそこまで考えが回らなかった。
「茜さーん! 僕たちあなたがいないと部屋にも入れないんですけど!」
 明は茜の行方を探っていた。理由はもちろんそれもあるが、自分より小さい娘を放ってはおけないという、彼なりの倫理感だった。部屋は古いようで、あちこちの扉の塗料がはがれている。……それにワインのボトルが雑に扱われているのが気に食わない。
 何かを感じたが、それが何なのかまでは解らなかった。かくしてワインのオークションが閉会した。

,br>  その翌日。クリスマス当日である二十五日、『オークションで落としたワインを飲んで死亡』、そんなキャッチコピーが紙面に踊った。
「……やだよね、そんなクリスマス」
 チキンを口一杯に詰め込みながら、茜は思ったことを口にした。教会はキリスト教の教義……というか、一応主である神父の方針で、特別な時以外には肉を食べないのだ。彼女がそこまで執着するのも無理はない。
 小岩井氏は『毒入りのワインを飲んで死んだ』というのが警察の見解だった。……しかし茜は納得できないらしい。
「僕だったら、もっと考えて行動するよ?」
 実際、ワインセラーには人が簡単には入れない。顔見知りの犯行という事だろうか。
「でも、ワインの中には毒が含まれていて、それを飲んだ途端に調子が悪くなったんでしょ? 小細工なんて出来ませんよ? いくら茜さんでも……」
 明が神妙な顔でそう言うと、」茜は何かを思案していた顔を変え、普段の表情に戻った。……これは彼女なりの『謎が解けた』という仕草なのだが、生憎と明とはそこまで親しくない。
「……でもさ、『ワイングラス』の方に毒が仕掛けられていたとしたら?」
「あっ!」
 グラスならば誰でも仕掛けられる。その上、毒の成分がワインに溶けてしまえば、誰もグラスに毒がついていたなど思わないだろう。
「ずばり犯人は、小岩井氏の奥さんだよ。資産を手に入れるために結婚したようなものだって噂だしね」
 動機としては十分考えられる。小岩井夫人は自らの『毒』をワインに溶かしたのだ。
「この事を警察に言うんですか?」
 すると茜は首を振った。
「……珍しい事件に遭えたんだ、このまま公表しないでおくよ」
 そう言った茜の顔は輝いていた。これは彼女的には『幸せなクリスマス』という事だろうか? 明は彼女の顔を恐る恐る窺うのだった。

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2012年 12月25日 荘野りず(初出)
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2015年 3月2日 莊野りず(加筆修正後更新)


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