十一月も中旬、十五日に誕生日を迎える智也のために明は予約していたケーキを受け取った。いつも美千代と過ごしたいと言うくせに、毎年断られてばかりだ。そんな智也を元気づけるべく智也のマンションに急ぐ。
相変わらず豪華なマンションだ。この中がゴミで一杯になっていると誰が知るのだろうか。前のマンションは爆発が起きて崩れてしまったが、新居も豪華だ。無駄な装飾品が大量に取り付けてある。整理整頓も出来ないくせに住処にはこだわる智也らしい。
早速エントランスで部屋番号を押して鍵を開けてもらおうとした、その時だった。
「え……智也?」
なんと智也が警察に連れられていた。ちゃんと手錠まで嵌められて。
「よう、明! ……面倒な事になった。部屋の掃除と――」
それ以上は警察に遮られて聞こえない。たった一人エントランスに残された明には何も解らない。……一体何がどうなっているのだろう。
「それケーキでしょ? 賞味期限が切れる前に食べちゃおう」
口を開いた和也の第一声がそれだった。あの後、なんとか部屋のナンバーを押して呼び出し、彼に部屋に入れてもらった。状況を説明してくれるのかと期待したが、大食いの彼がケーキを見逃すはずもなく。
そしてこの一言だ。智也の事は大体知っているが、和也の事はイマイチよく解らない。智也も一向に紹介してくれる気配を見せないのだ。
「……智也はどうしてあんな目に?」
和也の手から逃れるように手を動かしながら訊いた。
「何でも、この近くのホテルで起こった『事件』に智也が関わっているとかで。ダイイングメッセージがのこってたってさ」
「ダイイングメッセージ……」
そんなものはドラマの中だけだろうと思っていたが、実在するとは。そんなものを書き遺す暇があるのならば自分で救急車でも呼ぶ事ができないのか?
「これが現場写真。ほら、ここのところ」
彼の太い指が写真の一点を指した。若い女性の遺体の指が『智』と『也』の字を書いている。遺体の下はベージュのカーペットで、その字が滲んでいる。
「……でもこれだけで犯人だと決め付けるなんてですよ。他に何か情報は?」
和也はうーんと考え込む。
「第一発見者は宇梶智一っておじさん。外傷は指に切り傷だって」
明は手にした手帳にメモして、このマンションを出た。智也の相棒である和也には、どうもやる気が感じられない。仕方がないので『彼女』に頼む事にした。
「そりゃ、僕は頼まれたらやるけどさ」
和也から教わった茜の携帯電話の連絡を入れ、今までの成り行きを話す。しかし、彼女もまたイマイチ乗り気ではなさそうだ。
「……君もいい年なんだから、自分で考えたりはしないワケ?」
「……え?」
茜のこの反応は予想外だった。前の和泉一族の事件ではあれだけノリノリだったのに。
「あ、この反応は予想外って思ったでしょ? 僕そういうの解るんだよね」
「……すみません」
……正直な話、和也ほどではないが、この娘は苦手な部類に入る。少女扱いすればいいのか男扱いすればいいのか悩む。それに何か深い『事情』があるのだと、鈍い明でさえも何となく察せる。
「……なら、ヒントあげようか? 現場写真をよく見てごらん。それで何かが解るかもね」
それだけ言って彼女は通話を切った。明は改めて現場写真を見る。特に変わったところのない、普通のホテルの風景だ。灰皿にはタバコの吸殻が詰め込まれているし、ワイングラスには赤ワインらしい液体が入っている。
「どこを見ても普通じゃないか」
一体何が解るというのだろうか。
「現場写真って……皆が散々見ただろうし、今更だろ」
そう呟きながら、もう一度写真を見る。そこで、普段なら全く思いつかない事実に気づく。
――そうか、そういう事か。
全てが解った明は和也に電話を入れた。彼は納得したような相槌を打った。
「安藤智也は無実です」
警察についた途端、そう言っていた。刑事は不快そうに眉をひそめた。
「……何か証拠でもあるのか?」
「証拠は、このカーペットです。よく見て下さい、智也の『也』の文字を!」
ここで和也が付け足す。
「『也』の文字と血の色が微かに違う。一画目は濃くて二画三画は薄い」
「た、確かに! これは……明らかに後から書き足したものだ!」
「……犯人はダイイングメッセージを偽造できる、第一発見者の宇梶智一さんです」
こうして明は初めての事件を解決した。
智也はすぐに釈放され、ケーキは三人で食べた。……後日、明が茜にヒント代を請求されるのはまた別の話になる。
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2012年 11月15日 荘野りず(初出)
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2015年 3月3日 莊野りず(加筆修正版更新)
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