探偵は教会に棲む

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3 柘榴の色に似てるって



 クリスマスイブ。この聖なる夜に、茜と神父は電車で一時間のところにある教会に来ていた。『牧師』という仕事も、時には研修のようなものがあるそうだ。
 最初は渋った茜だが、豪勢な料理の山を見ると黙り込んだ。去年は質素なクリスマスだったから仕方がない。
「僕、向こうのテーブル見てくるよ!」
 あまりにも茜が嬉しそうなので神父は何も言えなくなった。これで『事件』がなければ最高のクリスマスなのだが。……そんな彼の願いもむなしく、神には届かなかった。


 この教会は、カップルが結婚式を挙げるためにも使われている。そのためホールが広く、今は立ち食いヴィッフェの会場として役に立っている。
「ん?」
 ある程度お皿に料理を積み終えた茜が、ふとそばを見ると、ウエディングドレス姿の女性が未来の夫と歩いているのが見えた。二人は幸せそうに笑い合っている。
「……うちの教会も、ああいうのやれば少しは楽になるんじゃないかな?」
 『綺麗』とか『羨ましい』といった単語が出ないのが、彼女らしい。彼女の頭にあるのは金と『事件』の影だけだ。お皿も一杯になったことだし、神父のところへ戻ることにした。
 神父は他の牧師たちに揉みくちゃにされていたが、茜を見つけるとその群れから飛び出してきた。
「助かったよ、茜!」
「……何があったワケ?」
 神父のやっている事は、教会関係者にはしてはならない事だと寄ってたかって責められていたそうだ。『上の連中』の事は伏せなければならない事情がある以上、普段正直な彼が嘘をつくのは心が痛んだことだろう。
「そんなにしょんぼりしないの! ほら、食べ物貰って来たし、一緒に食べよ!」
 茜が手にした二つの皿には、普段は絶対に食べられないご馳走が山のように積み重なっていた。彼は複雑そうな顔をしたが、やがて食べ始めた。しばらく無言で食べ進めていると、見覚えのない果実が出てきた。紫が混じった、熟れすぎたような赤い実だ。……茜には、持ってきた記憶がない。
「食べないのか? それは柘榴といって美味しい果物だよ」
 名前は聞いたことがあったが、実際に目にするのは初めてだった。
「へ〜これが柘榴か」
 おっかなびっく、り柘榴を口の中で啜ると、彼女は美味しいものを食べた時の表情をした。
「きゃあぁぁぁ!」,br>  教会関係者によるクリスマス会も、終わりを迎える頃に突然の悲鳴が、広い教会中に響いた。参加者全員がその音源の方を向く。茜は食べていた皿を素早く置き、一目散に駆け出した。着いたのは結婚式を挙げるためのホール。食事をする場所とは別のものだ。
「被害者は?」
 現場と思しき場所に着くと、茜は素早く訊いた。悲鳴が聞こえてからまだ三分も経っていない。……まだ生きている可能性だって、十分にある。
「こっ、ここです」
 全身を黒で固めた初老の男が茜を呼ぶ。倒れていたのは花嫁で、腰のあたりをナイフで刺されている。その手に何かを握っていた。
「救急車を早く! 脈はあり、けど出血が多い! ……あ、ナイフは抜かないで。抜くと血が飛び出てくるから!」
 茜がてきぱきと指示を出している間に救急車が到着した。純白のドレスを血で汚した花嫁が、担架に乗せられ運ばれる。その時、彼女が握っていたボールのような大きさのものが二つ落ちた。
 他の面々は彼女につきっきりだったため誰もそれには気づかなかった。……それは紅い柘榴の実だった。
 花嫁の関係者たちは、みんな連れ添っていってしまった。部外者の茜は残された柘榴について考えた。柘榴といえば聖書にも出てくると聞いたことがある。
 彼女の関係者の中にも、キリスト教の教会関係者はいない。クリスマス会が終わっても神父と茜は、この場に留まったままだ。
「……茜、私たちもそろそろ帰らないと。ご迷惑だろう?」
「……神父、普通の結婚式って、黒いスーツ着用なの?」
「え? それはその時の基準によるとしか……」
 彼のその答えで茜は確信した。


 三日後、あの花嫁は一命を取り留めたと聞いて、彼女の夫の親戚がこの教会にやって来た。
「……待ってたよ、犯人さん」
 茜は花婿の父親に向かって言った。,br> 「……どういうことだね?」
「もう本人に確認はとってある。あの花嫁さんは色素障害だったんだ」
 彼女から借りてきた治療用のサングラスをかける。
「この柘榴、血のような赤だよね? でもこのサングラスを通してみると……真っ黒だ。あの日、黒いスーツなんて着てたのはあなただけだ」
茜の目が光る。相手は観念したようだった。
後日に事件の概要を報告しに行った病院で、花嫁はもう柘榴なんてこりごりだと笑っていた。処置した時の包帯が、柘榴の色に似ている、と彼女はうんざりして言った。

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2013年 12月24日 莊野りず(初出)
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2015年 3月3日 莊野りず(加筆修正版更)


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