「蠍座の〜♪」
平和な住宅街、智也は仕事に来ていた。今日も無事依頼を果たした。彼は上機嫌で歌を歌っていた。
「寒いのに元気だね、智也は」
和也がスナック菓子の袋を開ける。そこには『秋の新商品』とパッケージに印刷されている。智也と和也はコンビで“K”と呼ばれている。二人の出会いは五年前の事になる。
「……そういや、お前と出会ったのもこの時期だったっけ」
普段は過去を振り返らない智也は懐かしい街並みを見て思い出した。当時は智也も大学生だった。
「……そうだね。懐かしいな。あの生意気な奴がここまで成長するなんて思わなかった」
和也は見た目こそ若く見えるが、実は三十路目前だ。いつもスナック菓子をつまみ、メタボの疑いが濃厚。 医者には注意されているが、改める気は全くないらしい。
まぁ、和也には和也の考えがあるので、智也もあまり踏み込んだことは言わない。そんな関係が、かえって心地いい。
「……生意気で悪かったな。俺もあの時は若かったんだよ」
「今もあまり変わらないけど」
二十代になっても智也は格好いい。スマートで顔立ちも整っているし、筋肉もついていてメリハリのある身体付きは女性に評判がいい。男性でも、相手にコンプレックスがなければすぐに仲良くなる。
魅力的だと和也も思うが、肝心の美千代には相手にされていないのが憐れな気がする。
「……美千代さんって実際いくつなんだろう?」
和也が前々から気になっていたことを口にした。彼女の事は正直に言えば苦手だが、それを直接智也に言うほど用地ではない。
「お前……それは言っちゃいけねーよ! 大人の女性に歳の話はタブーだ!」
こういう気配りができるからモテるのだろう、そう和也が感心したその時、けたたましいサイレンの音が聞こえた。
「どいてどいて!」
救命隊員と思しき男性が担架を運ぶ。
「なんだ? 事件か?」
しばらくして若い女性が運ばれてきた。顔が真っ青になっている。
「外傷はないな。毒か何かか?」
「この刺し傷は、多分……」
和也が言いよどんだ。智也が知らない医学の知識を和也はよく知っている。彼は医大に合格したが、事情があり入学が叶わなかったと昔聞いた。それ以外でも様々な分野を学んでおり、知識が多い。だから『事件』の際にはデータベースのような役割を担っている。
「多分、なんだ?」
「蛇。これでも昔は飼ってたんだ。刺されたことはないけど」
「こんな住宅街に蛇が潜んでるって話か? それとも――」
和也は黙って頷く。
「事件だよ、間違いなくね」
刺されたのは源川咲子という女性で、パートとして働く主婦。『探偵』だと名乗り、身分証を見せると、智也と和也は彼女の部屋に通された。
「ここが現場か……何もない部屋だな」
「塵ひとつない。……オレらの部屋とは正反対だね」
目的の『蛇』はどこにもいない。
「蛇は搬送先に送られたよ。調べて研究するらしい」
彼女の旦那だという男性が、そう説明した。
「なるほど、血清を作ったりするんですね。……オレの蛇も最後は研究に使われたっけ」
よく見ると机の上に蛇が這いずり回った跡がある。その跡は本棚へと続いていた。
「ここに蛇を置いておいたんだな。……空腹で飛び出すように箱に詰め込んでおいた。その箱に穴をあけて本棚に置いておいたんだ」
智也はそう推理した。
「蛇の毒は餌を捕えるためにある。その性質を利用したんだ」
結局この事件は犯人が明らかにならなかった。部屋を這いずろ回る蛇。その様を想像するだけで、ヌルヌルした生き物が苦手な智也はぞっとした。
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2013年 11月11日 莊野りず(初出)
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2015年 3月3日 莊野りず(加筆修正版更新)
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