今年の夏は涼しい場所で過ごすことができた。茜としては悔しいが、智也のおかげだ。しかし、夏のイベントを一つ逃したことにしばらくしてから気が付いた。それは……怪談である。茜は別に苦手ではないが、明は苦手だという事を帰りの車の中で智也に聞いた。
「もったいない。面白いのにね」
「アイツは小学生の時の肝試しで痛い目を見てな。それ以来霊とかそういうのは苦手なんだよ」
茜が知っている限りでは、智也はそういったものは苦手ではない。和也も同様だ。
「苦手な人もいるんだね」
これからは押し付けるのをやめようと決めた
。 教会に戻った茜は、さっそくインターネットにつないだ。ホームページに依頼が来ているかもしれないからだ。メールボックスを期待しつつ覗くと、そこには依頼のメールが来ていた。
「やったぁ!」
茜は小さくガッツポーズをする。軽井沢の事件に巻き込まれて警察に拘束されてしまっていたので、帰りが遅くなってしまった。けれどそのメールはごく最近に送られてきたものらしい。日付は最近のものだ。
「どれどれ……」
ざっと目を通すと、茜の目が輝いた。即、仕事承諾のメールを依頼人に送った。
「ここが現場だね……」
茜は大学の敷地の中で呟いた。今回の依頼の内容は、『学校の怪談を解き明かしてほしい』との事だった。最初はただの悪戯だと思ったらしいのだが、『事件』が起こったそうだ。その『事件』というのが、武藤かおりという大学一年生が行方不明になったとの事。依頼人である、渡来美加という大学三年生がいるという、オカルト研究会のドアをノックしようとした。
「誰だ!」
ドスの利いた声で叫ばれて、茜は固まった。
「……ここに何の用だ?」
中年の用務員の格好をした男が茜に詰め寄る。
「僕は宮下茜といいまして、渡来美加さんに頼まれて事件の謎を解きに来た、『探偵』です」
身分証を見せてそう言うと、彼は胡散臭いものを見るような目で茜を見た。
「美加が? ……ふん。俺は探偵なんて人種は信じない!」
「美加さんとはどんな関係なんです? 失礼じゃないですか!」
「俺は美加の父親だ!」
白髪の混じった髪が揺れた。同じ中年と言っても神父とは違ったタイプだ。頑固親父系というか。茜も苦手なタイプだ。しかし依頼である以上、そんな事を言ってはいられない。
どうしようかと考えあぐねていたところでオカルト研究会のドアが開いた。
「あら可愛い。だぁれ?」
栗色に染めた長い髪が魅力的な女性が顔を出した。顔に施されたメイクは全く崩れていない。
「美加、探偵に依頼したって本当か?」
「え? うん。……もしかしてこの可愛い男の子が探偵さん?」
のんびりする屋らしく、一呼吸タイミングが遅れる。
「はぁ。まあそうです。男ではないですけど」
いつものジーンズを履いているせいか普通に男に思われた。別に気にはしていないが、調子を狂わされる。
「……美加、探偵なんて怪しい奴を、俺は認めない。武藤だってあんな適当な奴に依頼したから見つからないんだ!」
彼の探偵への猜疑心は、前にも探偵にも依頼したことがあるからだった。そういう事情なら解らなくもないが、迷惑を被る身にもなってほしいと思う。
「大丈夫よ、パパ。この探偵さんなら大丈夫。賢そうな顔してるじゃない」
抜けたフォローに首を傾げそうになったが、娘が説得してくれるなら納得してくれるのではないだろうか。神父だって普段は厳しいふりをしているが、茜には甘いことをよく知っている。それでも引き下がろうとしない用務員兼依頼人の父親。
「だが……」
「もう! いいでしょ。私が雇ったんだから信じてよ。……お願い」
しおらしい娘に流石に何も言えなくなった彼は今度こそ引き下がった。
「やっぱり男親って娘に弱いんだ……」
茜は小さく呟いた。それに気づかずに美加は、オカルト研究会へ茜を招き入れた。
「さて。何から話しましょうか?」
美加が茜と向き合う。事件の概要はある程度メールに書いてあった。
かおりは大学内の幽霊階段で消えた。そこでは火の玉が目撃されていて、オカルト研究会が調査している最中だった。彼女が行方不明になってから三か月が経つ。警察に失踪届けを出したが未だに見つかっていない。……ここまでがメールの内容だった。
「じゃあ幽霊階段の目撃談について聞きたいです」
「解った、最初から説明するね」
部屋の明かりを消し、顔にライトを向けた美加はその怪談を語りだすのだった。
――その階段は十三段あって、その中央で青い火の玉が目撃されたの。
暗い部屋で怪談話はムードがある。茜は唾を飲みこんだ。
――その火の玉は不吉の象徴とみられていて、それを直接見たものは祟られる。運悪く見てしまったかおりは今どこにいるのか解らない。無事かもどうかもさえ解らない。ただ言えることはもう前のように笑えないという事。死ぬより酷い目に遭うって話もある。
「うわ〜ん。かおりぃ!帰ってきてよう!」
どうやら美加は情緒不安定らしい。
「そのかおりさんって、美加さんの後輩なんでしょ? どんな人なんです?」
「可愛くて、気が利いて、しっかりした子だった。副会長だったし。写真見る?」
写真を見るとほっそりとした美加に対してふくよかな魅力のある女性らしい。美加が抱き着いて甘えているように見える。これではどちらが年下かわからない。
「……魅力的な人だったんですね」
「そう。私がパパに弄られてると助け舟を出してくれたし。けどそのせいでパパとは相性が悪かったみたい」
「他に会員はいないんですか? オカルト研究会に」
「いるけどほとんど幽霊部員だよ? 坂下俊樹はかおりと同じ一年生だけどサボり魔だし、二年生の伊坂美由紀ちゃんは掛け持ちだし」
「……他には? それだけしかいないんですか?」
茜が訊くと美加はじれったそうに顔をしかめた。
「その二人の他は私とかおりだけ。四人だよ、オカルト研究会は。顧問にパパがいるけど」
「じゃあ、動機があるのはその人達だけなんですね?」
「かおりが関わってる人は、他には普段の授業中とか限られた時しかいないと思う」
美加は泣きそうになりながら部屋の電気をつけた。これでは堂々巡りだ、全然前進しない。
「かおりさんの安否が気になりますね……」
三か月もの間行方不明だなんて、助ける手立てはないものか。いったん情報を整理してみる必要がある。
火の玉を見たかおりは行方不明になった。それには怪談話が関係しているはずだ。しかしその怪談話はオカルト研究会で調査中だった。メールに書いてあった事はある程度調べたが見当はつかないとの事だった。
――待てよ、階段を見たから事件が起こった。
もしこの事実が逆だったのならどうなる。事件が起こったから怪談が広まったという事になる。そんな事になって困るのは怪談の元になった出来事や人だ。怪談があったから事件が起きたのではなく、事件が起きたから怪談が広まったのならその怪談の元になるネタがあるはずだ。
その時、部屋に貼ってある禁煙の文字が見えた。,br> 「……成程。そういう事か」
その瞬間、茜には事件の全貌が解った。
――なんだ、そんな簡単な事だったのか。
茜は笑う。この事件も解決するだろう。あとは、美加にどう説明するかだ。
「美加さん、あなたのお父さんは煙草を吸いますよね? 服から匂いがしました」
考えがまとまった茜は心が穏やかだった。これで事件も解決すると安心した。
「ええ、吸いますよ。かなりのヘビースモーカーなんです。私も困ってるんですよ」
彼女は全く疑っていない、自分の父親を。
「僕には事件の概要が解りました。かおりさんはおそらく無事です」
茜がそう言うと美加の顔が輝いた。
「本当ですか!? 私、かおりが心配で心配で!」
喜ぶ美加。けれどここで茜は残酷な事実を伝えなければならなかった。茜は心を鬼にする。
「……結論から言いましょう。犯人はあなたのお父さんです」
その一言で美加から笑顔が消えた。
「え……? 何言ってるんですか、探偵さん? 訳が解りません!」
美加の表情は硬い。それもそうだろう。自分の父親を疑われた身としては自然な反応だ。
「まず、例の怪談です。あなたは怪談があったから、事件が起きたと言いましたが、それは違います。逆だったんです」
「逆って、何が?」
「……事件があったから怪談が出来たんでしょうね」
美加は訳が解らないという顔をしている。
「事件が起こるまでは怪談なんてなかった。けれど、事件が起きたから怪談が出来たんです」
「どういう事?」
美加は頭を抱えた。確かにこの茜の説明は要領を得ない。
「今言いましたよね。お父さんは、ヘビースモーカーだって」
その言葉に思い当たったらしく美加は目を見開いた。
「……まさか。火の玉の正体って……」
「ご名答。そう、ライターの炎です。あれはガスを使っているから炎は青くなる」
怪談の正体がこんなくだらないものだったなんて思いもしなかったのだろう。
「話は簡単です。あなたのお父さんが、かおりさんを監禁しているんです。きっと最初は抵抗されたんでしょう。だからイライラして、煙草を吸うためにライターを使ったんです」
茜の推理に美加は思い当たることがあったらしく項垂れている。
「あなたにも気づかれず、妻にも気づかれない場所……そう多くはないでしょう。用務員という職業ではあまり報酬も期待できない。貸倉庫にでもかおりさんは閉じ込められているのでしょう」
言外に早く解放してやれと言ったつもりだ。三か月もそんなところにいたら気でも触れてしまう。
「……そんな、パパが? でも動機は何? それを聞くまで納得できない!」
まだ美加は認めない。しっかりとした証拠が必要らしい。
「動機は……きっとあなたをかおりさんに取られたと思ったんじゃないかな? 要は嫉妬ですよ」
「そんな……まさか。パパは確かに、かおりには厳しかったけど、私には優しかった!」
「父親は構ってほしいものなんですよ、きっと。僕にはよく解らないけど」
神父はあまり茜の事を構わないが、それが一番いい距離感だと思っている。逆に美加たちのように依存する関係は毒にしかならない。茜自身も最近感じてきたことだった。
それから近隣御貸倉庫を捜索した。その一か所から痩せ細ったかおりが見つかった。かおりは美加の事を慕っていて、それに嫉妬した父親がかおりを誘拐したらしい。
その事を新聞の記事で読んだ茜はただ一言。
「病んでるね」
と言ったという。その後、オカルト研究会がどうなったのかは誰も知らない。
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2015年 2月24日 莊野りず
2015年 9月16日 修正
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