執筆応援企画SS集
ブルー・ブルー・ブルー
「アイツの血ってぜったい青いよな」
誰かが突然そんなことを言った。
高校一年の教室。配置が乱れた机と椅子。窓から差し込む強烈な日差し。そして、視界に映るは黒を基調としたスラックスと白いシャツばかり。変声期特有の半端に低い男の声があちこちで飛び交う。
男子校なんてきっと、どこも、こんなもの。
今はそんな昼休みの食事時。
「……ま、まぁ、な」
「たまに本当に同じ人間なのかって思うこともある」
「肌の色もすげぇ白いし……」
昼休みの教室にはいつものメンツとつるんで食事をとる風景が広がる。成長期の男子となれば食べる量は人生で最も多い。最大サイズの弁当箱を複数、頻繁に学食に通う生徒も少なくない。
彼らもまたいつものメンツとつるんで昼飯のパンをかじっていたところへ、誰かが突然話題を振ったというわけだ。
ちなみに言い出した奴の名前は知らない。
「人間じゃなかったりしてな?」
同じく、名前も知らない誰かが悪ノリする。
「あ、そうかも?」
もうひとりも乗る。
「……え? 割とマジにガチな感じ?」
もうひとり。
「じゃあさ、じゃあさ……」
言い出した奴が話をまとめるように言う。
「みんなで確かめてみない?」
意地の悪い顔をしたそいつはニヤリと笑った。
「ちょうど退屈してたしな」
「いいじゃん」
「暇つぶしにはなりそうだ」
ひょっとしたら、誰かが言い出すのを楽しみにしていたのかもしれない。その場にいた全員が言い出しっぺの話に乗った。
皆悪意を丸出しにしたいやらしい笑い方をする。顔立ちは全員違うはずなのに悪意の籠った笑みだけは同じだった。人は醜い感情を表に出すときには同じ形になるのだろう。
世間では思春期だの青春だの繊細な時期だの、この年頃をやたらと美化している。
2度と戻らない貴重で尊い大事な時期。子どもは繊細なのだから大人が理解して配慮して守ってやらなければ。人生でもっとも愚かで貴重で大事な時期なのだから。
なんて。
そんな風なことを言われていても、当の思春期の子どもなんてこんなものだ。
繊細な子どもは大人が思うよりずっと図太いし、無力だと思われる子どもは案外やろうと思えばやらかすし、従順な子どもは見えないところでドン引きな問題行動も厭わないし、純粋無垢だと思った子どもは彼女妊娠させてたりするし。
大人はすぐ「子どもは綺麗で純粋で無垢な生き物」なんてレッテルを貼ろうとするが、現実の子どもなんてこんなもの。大人が思うよりずっと子どもは世の中のことを察しているし、理解しているし、子どもの世界は下手な大人の世界よりよっぽど複雑で残酷だ。
子どもなんてこんなもの。
現実なんてこんなもの。
青春なんてこんなものだ。
「……」
今だってそう。
彼らは本当にくだらない、どうでもいいきっかけで好きでも嫌いでもないクラスメイトに突っかかろうとしている。代わり映えしない日常が少しでも楽しくなるような、そんな程よい刺激とエンターテイメントを求めているのだろう。
だから自分たちを楽しませてくれる存在を求めている。
「……そうか」
あまりにくだらないきっかけに僕はどんな顔をすればいいのかわからなくなる。
これほどしょうもないきっかけで僕はあんな目に遭ったと思うと、どんな顔をすればいいのかわからない。
「僕が殺されたのはこんな経緯だったのか」
だからあれだけ執拗にじろじろ身体を見られたわけか。
特に話したこともないクラスメイトに空き教室に連れ込まれて、複数で押さえつけられて、脱がされて、みんなでじろじろ見られて。やたら顔や胸を見てくると思ったらそんな理由だったのか。
単純に僕は引きこもっていたから極端な色白に見えるから血管も青っぽく見えるだけだというのに。青白い肌の男子高校生というのはそんなに奇妙な存在なのだろうか。
みんなくだらない、しょうもない理由で自分たちと違うものを見つけ、レッテルを貼ってはつるし上げる。明確な思想があるわけでも、害意があるわけでもない。ただの興味本位のイタズラ半分。
大人と子どもの境にいる高校生なんてこんなものだ。些細なことで気持ちは揺れ動いては自力で制御もできない。若くて未熟で神経質。
青くて青くて青い者たち。
きっと、青春なんてこんなもの。
そうとでも思わないと僕もやってられない。
「ところで、僕はいつ見つけてもらえるのかな?」
この暑さだ、全身の青あざどころじゃない。腐敗が進んで本当に身体中青くなってしまいそうだ。
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