執筆応援企画SS集

毒恋人

 愛をください。
 お願いします、誰でもいいので愛をください。愛してください。
 見た目も性格も学歴も年収も、もちろん身長も。何一つこだわりません。文句を言いません。
 ただ愛してくれればいいんです。「愛してる」って言って一緒にいてくれるだけでいいんです。
 お願いします、恵まれない毒親育ちに愛の手を差し伸べてください。
 愛してくれるならなんでもします。


「ん?」
 SNSのとあるポストが目に留まった。
 ごく短い短文の投稿を前提とするそこで悪目立ちする長文。
「空気読めない奴だな……キモ」
 呟きながらも毒々しい色で加工された可愛いキャラクターが気になったので読んでみた。どうせ長文と言っても数秒で終わる。
 スワイプしてみたら、案の定愛してくれとかいう気持ち悪い文章だった。今時毒親育ちとか愛されないとか、そんな話はありふれている。
「こいつ、男? 女? 『なんでもします』って、女が言ってたらヤバい奴に目ぇ付けられんじゃね?」
 いつもなら見ず知らずの赤の他人のことなんてどうでもいい。
 しかし今日に限って余計な心配をしてしまったのはきっと、アイコンのキャラクターが昔付き合っていた彼女のお気に入りだったからだ。手書きで書いたものに色をつけたのだろう。マスコットだのぬいぐるみだの、あの頃は散々こいつのグッズを買いあさってたっけな。
「……まあ、今となってはぬいぐるみのあの媚びるような目がイラつくんだけどな」
 苦笑して短いDMを打つ。
『余計なお世話ですが、こういう文章やめた方がいいですよ。怖い人に目を付けられるかもしれないし』
 俺にやれるだけの小さな親切はここまでだ。
 画面をタップして、俺は仕事に戻る。昼の休憩はこれで終わり。

 仕事が終わるころには辺り一面真っ暗闇になっていた。東京の夜空に星は全然見えない。
「なんてな。らしくもないじゃん」
 珍しくしんみりした気分になりながらもスマホを見ると、通知が何件か届いていた。大半はシステムアップデートだの怪しい番号からの着信だのそんなのばかり。
 見慣れたそれらの中に最近見たばかりの画像があった。
「あ、これ」
 忘れもしない、思い出のあのキャラを毒々しく魔改造した例のアイコン。
「もしかして返事か? あれ、もしかしてあの投稿ってヤバい広告か何かだった?」
 マジで余計なことしかしてなかったのかもしれない。焦ってタップすると、そこに表示されたのはたしかにDMの返事だった。
『見ず知らずながら、ご忠告ありがとうございました。貴方はとても優しい方なのですね。』
 割とまともそうな文章だ。だけど普通、たかがSNSでここまで丁寧な文章を打つ方がなんだか違和感がある。
 もしかしてこの人本人がヤバイ奴なんじゃ……?
 そんな内心の警告より怖いもの見たさが勝ってしまった俺は、気づいた時には返事を書いて送信をタップしていた。
 ヤバい奴とかそれ以前に相手が本当に女性であるかも不確かなのに。性別を偽って罠にハメるなんてよくある話なのに。なのに俺はらしくもなく後先考えずやり取りを始めていた。
 ピコン。
 短いスマホの通知音と共に画面に映し出される毒々しいアイツの画像。
 俺らしくもない行動をとらせたのは他でもない魔改造済みのコイツと今や顔も思い出せない元カノだったのかもしれない。
 

「――と、俺たちの出会いはこんな感じだな」
「へ、へぇ……」
 俺の目の前に座った友人は引きつった表情で目を逸らした。
「なんだよその反応? お前が気になるっていうから話してやったんだろ」
「あ、そうだね。うん……そうそう。ごめん」
「さっきから何なんだよその反応? 今日のお前おかしいぞ」
 高校以来数年ぶりに会う友人と街中で偶然再会した。

 俺たちはたまの休日と言うことで生活必需品を買いに久々に遠出していたのだ。ドラッグストアで雑貨類を買って帰るところで呼び止められ、振り向いたところにこの友人がいたのだ。
「あ、明夫くんのお友達ですか?」
 彼女が愛想よく友人に微笑んだ。
 その瞬間、俺の中で火花が散る感覚があった。俺以外の奴にそんな顔するなんて。
「そうなんですよ。カワイイ彼女じゃないか明夫!」
「お上手ですね」
 だが彼女は俺の内心など構わず、ずっとニコニコしている。
 あまり積極的に女性に関わるタイプじゃないはずの友人ですら鼻の下を伸ばしている。そうやって誰彼構わず愛想振りまくのをやめろ。
「今は一緒に住んでいるんですよ」
「同棲!? えっ? うそ!?」
「そんなに驚くことですか?」
「だって明夫って基本人嫌いだったし。友達だって僕だけだし、彼女がいたのはそうだけどお互い恋愛って感じじゃなかったし……」
「おい! ……いい加減にしろよ」
 俺は友人を睨みつけた。
 これ以上昔話をされても困る。大体ここは街中だ。
「わたし、そのお話詳しく聞きたいなぁ。よかったらうちに来ませんか?」
 彼女がひときわニコニコしながら友人を誘う。途端に俺の血の気が引いた。
「え? いいんですか!」
「もちろん。ちょうど美味しいお茶とお菓子があるんです。是非ご一緒に」
「よろこんで!」
 俺が口を挟む隙もないままとんとん拍子に話は進んでいき、そして茶を出したところで昔話に入ったわけだが……。

「お前、なんでそんな顔してるんだよ?」
 彼女との出会いの話がそんなに面白くなかったのか。そりゃ、未だに彼女なし結婚ももちろん未定のコイツからすればどんな話でも面白くはないだろうが。
 でもそういう嫉妬してる顔には見えない。ドン引きという言葉がピタリとハマるような、そんな顔。
「……だってお前」
 友人は俺の全身をゆっくりと眺めた。
「? 何かおかしいのか?」
「おかしいっていうか……何なんだよその恰好」
 相手の目線に釣られた俺は改めて自分の全身を見る。
 彼女が愛してやまないあのキャラクターの着ぐるみ。公式で販売されている着ぐるみパジャマを毒々しい色味に染めたものだ。ちゃんとフードも被ってなりきりは完璧である。
「それがいい年した男のする服装かよ!? しかもなんだその鎖!」
「ああこれ?」
 こいつはこんなに細かいところが気になるのか。
 俺は両手に繋がった鎖を持ち上げてみた。ジャリ、と重い金属音が鳴った。
「彼女に頼まれたんだよ。毎日似合うって言われるし。カワイイって褒めてくれるんだぞ? いいだろ」
「ひとつも良いところなんて見当たらねぇよ……ほんとにお前どうしちゃったんだよ」
 ドン引きする友人の姿に黙っていられなくなったのか、彼女が口を開いた。
「ひどいこと言わないで!」
 彼女は俺を抱き寄せた。
「明夫くんはわたしのお願い全部聞いてくれるんだから! 昨日だってカワイイ犬が飼いたいって言ったらちゃんとワンちゃんになってくれたんだから!」
「えっ……」
 友人はもはやあっけに取られている。
「明夫くんは全力でわたしのこと愛してくれるんだから! わたしのどんなお願いだって全部叶えてくれるんだから! ねっ、明夫くん!」
「俺は君を愛しているから。もっと無茶なお願いでも喜んで聞くよ」
 彼女のこういう、無邪気に無茶を言ってくるところが本当に可愛い。自分の給料も時間もなにもかもをすべてつぎ込んでも惜しくない。
 こんな何物にも代えがたい充実感。恋愛はこうでなければ。
「嬉しい!」
 ほら。彼女だってこんなに喜んでいる。愛して欲しいと言っていた彼女に最大限の愛を与えている俺は最高に輝いている。
 何を友人はドン引きしてるんだろうか。
 俺は優しく彼女に頭をナデナデされながら首を傾げた。
「あ、俺夕方には帰る予定だったんだ。そろそろお暇するよ」
 友人は棒読みでそんなことを言ってそそくさと退散していった。 


 不自然に思われないよう意識してドアを閉めた。
 しばらく歩いてようやく俺は正直な気持ちを吐き出した。
「明夫なんであんなことに……あ」
 俺はようやく思い出した。
 高校生の頃のことを。
「ああ、そういえばアイツって」
 真面目な常識人で問題なんて起こしたことのない模範的な生徒。
 だがその反動か、個性的というかエキセントリックというか、ハッキリ言えば非常識な女性ばかりを好きになっていたっけ。明夫はごくごく一般的な普通の交際していると思っていたようだが、好意を寄せる女性は決まってドSだった。
 そういえば今日明夫が着ていた着ぐるみ、あのキャラクターを溺愛していた女性も同じ高校の先輩だったっけ。熱狂的なキャラのファン……いや、信者と言っていいほどの入れ込みっぷりで、明夫は当時のバイト代全額をその先輩が集めるぬいぐるみ購入資金につぎ込んでたな。
 傍から見ればどう見ても搾取なのに本人はこの上なく満たされているようだった。本人は「俺は甲斐性はあるから」なんてカッコつけてたけど。あのキャラはヤバイ女性を引き寄せる特別な力でもあるのだろうか。
 明夫のことだからSNSでか弱い女性を助けたつもりだったはずが、相手が自分の性癖ど真ん中のエキセントリックドS女だったから一気にはまり込んだのだろう。あの女性の言う「愛して欲しい」というのは「自分の要求を全部叶えて欲しい」という意味だろうし。明夫が大好きな毒タイプじゃないか。
 あの女性、一見おっとりした感じに見えるけど高校の先輩以上にヤバそうな感じだったな。ムチやろうそく常備してるって言われても全く驚かない自信がある。ドラッグストアでアレコレ買ってたし。
「常識人ほどぶっ飛んだドSに惹かれるんだろうな」
 まるで磁石のS極とM極……いや違う、N極のように。
 なんと言っても人をイジメるのが大好きなドSと人にイジめられるのが大好きなドMだ。そう簡単に離れられるはずがない。
 明夫はぬいぐるみの媚びた目が嫌いだと言っていたが、俺からすれば誰よりも明夫がその媚びた目をしていることを自覚しているのだろうか。気に喰わないのは同族嫌悪なんじゃなかろうか。
 とりあえず俺は……今日見たあの光景を見なかったことにした。
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