執筆応援企画SS集

極上で快適な旅を格安で

 私の趣味は旅だ。
 たいへん気軽にどこへでも格安で出かけられる近年、庶民にとって非常になじみ深いレジャーとして旅は大人気なのだ。物価が上がりに上がっていても旅は楽しめる。
 ほら。
 早速ピラミッドが見えてきた。
『右手をご覧ください。地上に見えるのがかの有名なピラミッドでございます。こちらはかの有名なツタンカーメン――』
 音声ガイドが観光スポットの解説をしてくれるし、不要とあらば自分の好きなようにオフにできる。風を切る音も臨場感たっぷりだ。
 地上に降り立ってからも快適な気温湿度紫外線のまま。それでいて観光スポットは好きなだけ見学できる。私は隅々までじっくり観察して堪能したいタイプだからこの旅行パックは当たりだと確信した。質の悪いやつだと決められた時間内での集団行動を強いられるから。
「気が済むまで自分のペースで好きなだけ見放題、これでワンコインってほんと旅行って最高の趣味だ!」
 昔は読書やスポーツ、音楽鑑賞なんかがメジャーな趣味だったらしい。現代を生きる私からすれば信じられない話だ。
 読書って本を読むことであり、その本を作るコストが非常に高い。紙も高けりゃ印刷代も馬鹿みたいに高い。おまけに本の著者への原稿代に、版元に卸すための費用、流通に編集に……。コストが高すぎて、一般家庭に本なんてない。
 スポーツだってどこでやればいいのだろう。まず場所がない。音楽だって作曲するための楽器ももちろん高騰済み、紙も高いし文具も高い。演奏家は稼げない職業の定番だ。
 どんな趣味でも楽しむにはハードルが高すぎるのだ。
『本日は当サービスをご購入いただきまして大変ありがとうございました』
 アナウンスが愛想よく喋り出した。
 もう気が済むまで長め尽くした後だしいいや。飽きて今の社会について思いを馳せていたくらいだし。
『旅行パックシリーズNo15,エジプト・ピラミッドの旅はいかがでしたでしょうか。よろしければ添付アンケートにご回答いただけましたら幸いでございます』
 アンケート、忘れないようにしないと。
 なにしろこのアンケートに回答するだけでお礼としてもうひとつ旅行パックが貰えるのだ。つまり最初にワンコイン分支払うだけでアンケート回答のみで後は無料で旅行が楽しめる。
『旅行パックシリーズは販売当初よりお客様の声を反映する商品を提供してまいりました。観光名所に関する解説や、実際に飛行機に乗っているかのような浮遊感、臨場感たっぷりな野生動物の生態を完全再現……気温も現地のものを参照しつつ、快適な環境を実現すべく理想を追求してまいりました』
「うーん……悪くはないんだけどねぇ。そうだ! 現地の名物を飲み食いできるようにしてほしいな」
 私はさっそくアンケートの要望欄に入力する。食も立派な旅の楽しみのひとつだ。
「それとできるだけ不味いものは食べやすいように調整して欲しいかな」
『アンケートにご回答ありがとうございました。これからも当社の旅行パックをご愛顧くださいますよう、厚くお願い申し上げます』
 アナウンスが終わると、私は身体につけていたモニターと各種センサーを取り外してごみ箱に捨てた。使い捨て旅行パックのジャンクさには慣れている。
「手軽な旅行は最高の趣味だわ」
 

 西暦20xx年。全人類の間で空前の旅行ブームが巻き起こっていた。
 度重なる気候変動、気温の急激な上昇、環境もそれまでとはがらりと変わった。それまで当然のように生身で野外に出て現地の景色を楽しむ旅行はもはや不可能になってしまった。
 ほんの100年ほど前とは比べ物にならないほど厳しい環境、そんな中でも人類は旅をしたい。そこで近年急成長したバーチャルとそれまでの動画や写真と言ったアーカイブを活用した新時代の「旅行」が蘇った。
 最新のVRによるリアリティのある映像に最高品質の音響、身体に装着することによりまるで本物の感触を提供する超小型デバイス。資源は減ったと言われるが技術の進歩は著しく、かつての最先端技術は庶民にも格安で手が届くほどに普及していた。本物の旅行という文化が失われた分、そのリソースはヴァーチャルトラベルに回され発展したのである。
 今やヴァーチャル旅行に必要な機材は旅行パックとして100円均一でも定番商品となった。こうして古来より人類に愛された趣味である旅行は再びブームとなったのだった。
 ここまで時代も形式は変わっても人間は旅行を愛好している。火星や月への移住が当たり前になるのもそう遠くはない話かもしれない。
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