執筆応援企画SS集
紅葉好きな人できたってよ!
オレたちはずっと、ふたりでひとつ。
生まれたときからいつも一緒で、顔も同じで、でも性別と性格は正反対。
周りの大人たちから「元気で考えなしのおバカ」と言われるのがオレ。「内気で慎重な引っ込み思案」と言われるのが紅葉。要は「単純なバカ」がオレで「大人しいしっかり者」なのが紅葉。
子どもの頃はたとえバカでも積極的で友達が多い方がいいだろうと思っていたけれど、成長するにつれて勢いだけじゃダメなんだと思い知った。慎重な性格って子どもほどバカにしがちだけど、中学生にもなればその慎重さがどれだけ大事か身につまされた。やっぱり勢いだけで押し通せることなんてそう多くはないんだってわかるようになったんだ。
ゴリ押しが通じなくなるとオレはいつも紅葉に頼ったり、夏休みの最終日に手つかずの宿題を手伝ってくれと泣きつくようになった。大人しいせいかオレと違って勉強のできる紅葉はいつも呆れながらも「しょうがないですね」と言いながらいつも手伝ってくれる。呆れたり軽い小言を言うことはあっても紅葉は必ずオレを助けてくれる。その代わりにもならないけど、オレは大人しい紅葉が何も言えない場面では紅葉の分までよくしゃべるし主張するし、紅葉が躊躇っている時は躊躇なく背中を押す。これはオレだけができる、双子の片割れであるオレだけの特権。誰にも譲るつもりなんかない。
オレを誰よりも理解して助けてくれるのは紅葉だし、紅葉を誰よりも理解して手を引いていくのはオレだ。
オレと紅葉はふたりでひとつ。
互いに得意なことと苦手なことを補い合ってずっと一緒にいればいい。ふたりでいれば絶対大丈夫!
そう思っていたのに。
「紅葉……カゼか?」
学校から帰ったら、顔を赤くした紅葉が物思いにふけっていた。
「……え?」
「いや、顔赤いし……寒気は? 熱は測ったか?」
「いえ、寒気もないし、たぶん熱もないですよ?」
「じゃあなんで顔赤いの?」
嫌な予感を覚えつつ、聞かないわけにはいかなかった。
あの紅葉に限って。中学時代も持ち前の引っ込み思案が祟って友達もろくにいなかった紅葉に限って。
いやいやいや……。オレは慌てて首を振る。
「落葉くん」
紅葉は真面目な顔をした。ますます強まる嫌な予感。
いやいやいやいやいや……紅葉に限ってない。女子ともろくに喋ってるところ見たことないのに、男子と会話なんて紅葉にはハードルが高すぎる。
その様でまさか――
「わたし、好きな人ができたんです」
はにかんで紅葉は答えた。
「うっそだぁー!」
うそだうそだうそだうそだうそだうそだ……そんなはずないないないないありえないないないないない……
「本当です」
脳内で否定の言葉があふれ出す中、ダメ押しとばかりに紅葉はきっぱり言った。
紅葉……普段はこんなにキッパリ言わないのに。家族以外と話してるときはもっとオドオドした感じなのに。なんでこんな時だけはっきり言うんだよ。しかもなんでポッって頬染めてんだよ、ポッってなんだよ!?
「すごくカッコいいんです!」
ああ……そうだった。紅葉大人しいくせにイケメンに弱いんだよな。
「で、でもさ! その手のイケメン野郎って大抵性格クソじゃん? きっといいのは顔だけで、中身はビビりでヘタレでスケベで変態のドクズだぞきっと! いや絶対!」
「落葉くん、人を見た目で判断するなんて最低ですよ」
「いや、先にイケメンでカッコいいって見た目で判断してんのそっち……」
いつもならすんなり受け入れる紅葉のお説教だが、今回ばかりはつい反論してしまった。
「……」
途端にしゅんとする紅葉。
その顔を見ていると急に罪悪感が押し寄せてくるものの、今回ばかりはオレも引くわけにはいかない。そんなビビりヘタレスケベな変態のドクズ野郎に大事な紅葉は渡せない。会ったことないけど。
「いいか紅葉。世の中にはやべぇ男がゴロゴロうろついてんだぞ? 男子とろくに話さない紅葉の想像の無限ばいやべぇ輩がな」
「さすがに無限はないのでは……?」
「いいや、オレと父さん以外の男はみんなやべぇヤツ。間違いない!」
大体紅葉はまだ高一、十五歳だぞ。男と交際なんて早すぎる! オレも十五歳だけど。
オレの言葉に何やら考え込んでいる紅葉だが、さすがに納得しきれないらしい。とにかくそのカッコイイ男から紅葉を遠ざけておきたい。っていうか、紅葉がオレ以外の男子と仲良さげに話してんのもなんかイヤだ。
紅葉には悪いがオレはとどめとばかりに畳みかける。
「きっとスマホの検索履歴もエッグいワードがずらりだぞ! 間違いない!」
「そういう落葉くんの検索履歴はやましいところがないんですか?」
「当たり前だろ!」
オレはそう宣言して自分のスマホ画面を紅葉に見せる。
「『お姉ちゃん ×× おっぱい ×××× ××× 昔ながらのモザイク消し』……」
「あ……検索履歴消し忘れてた……」
紅葉は感情の消えた目でオレを見た。
「しまった自爆したぁー!」
「この言葉をやましいと思わない感性。お姉ちゃんとして、わたしは落葉くんの方が心配になるんですが……?」
これまでと一転して、今度はオレが紅葉に切々とお説教を食らった。こういうものはわたしたちにはまだ早い、うん、ほんとそうだね……。
「聞いてますか、落葉くん?」
「はい、ちゃんと聞いてます」
オレはやや赤くなりながらも切々と言い聞かせてくる紅葉の話を正座して聞いている。
もし。
本当に紅葉が誰かと付き合い始めてしまったら。その時になっても紅葉は同じようにオレに説教してくれるだろうか。オレのことを気にかけてくれるだろうか。生まれてからずっと一緒に過ごしてきたオレより、ポッと出のどこの馬の骨とも知れないイケメン野郎といちゃつくのを優先するんじゃないだろうか。オレはそれがイヤで悔しくてたまらないんだ。
オレたちは生まれたときからずっと一緒で、生まれたときからいつも一緒で、顔も同じで、でも性別と性格は正反対。いつまでも同じように過ごせると何の疑問もなく思ってた。
そこにいきなり知らない男が生えてきたら誰だって面白くないだろ?
オレたちはふたりでひとつ。他の奴に割り込まれて愉快なわけないじゃないか。
ここはひとつ、オレ自ら紅葉の好きな奴を見に行ってやる。性別の違和感なんて胸くらいしかないんだからバレーボールでも詰めてけば誤魔化せるだろう。顔も同じだしな。双子って便利。
そして本当にビビりヘタレスケベな変態のドクズ野郎だった時は……どんな手を使ってでも妨害してやる。
紅葉の顔を見つめながらオレはそう決意したのだった。
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