執筆応援企画SS集
実りの秋、お菓子の秋
『今年も秋がやってきました。秋と言えばやはり食欲の秋! 早くも秋の風物詩であるお菓子収穫祭の知らせが届いています』
『中継がつながったようです。秋山さん、お願いします』
画面は即座に報道セットからのどかな風景へと切り替わった。秋晴れの空、広がる農園、たわわに実ったお菓子が映し出される。
『今年も豊作ですね。お菓子は天候によって種類が変わりますから、今年は特にチョコ菓子と焼き菓子の出来が抜群にいいとか。逆にゼリーや水菓子は例年より甘みが控えめだとか』
リポーターは目の前に広がる数多の菓子を眺めながらにこにこ笑う。
その手には収穫したばかりの新鮮なアップルパイ。こんがり焼けた生地のきつね色が誘うように輝く。
『毎年恒例のお菓子狩りも今年の解禁は去年より十日ほど早い十月中旬となる予定です』
『豊作なんて嬉しいニュースですね。それでは秋山さん、リポートありがとうございました!』
甘味。それは至高の味であり、この世の奇跡。
容易に糖分が摂取できない、人工的に作り出すことが不可能な世界での話である。
かろうじて果物に甘さは含まれてはいる。だが砂糖などというものはない。当然人工甘味料などといった代替品すら存在しない。ご丁寧に甘味料の材料となる原材料は見事に排除されているのだ。たとえ理論や技術が発展しても材料がなければどうにもならない。
そんな世界において希少な甘味は垂涎の的であった。
子供や女性はもちろん、いい年した男性や高齢者でさえ甘味をたらふく味わうことを夢見ている。そのような需要に世界が応えたのかは定かではないが、ある日突然お菓子が成る木が出現した。
形状はりんごなどの果樹と変わらない。リンゴの代わりに大量のお菓子が実る。蕾を経ることなく、突然お菓子が実るのである。旬は毎年秋。
こうして秋の風物詩としてお菓子狩りが一般化したのである。
日が出たものの、まだ明るくなるよりは少しばかり早い時間。
「はっ、はっ、はっ」
規則正しい呼吸を繰り返しながらランニングしている男性がいる。
スポーツウェアを身に纏い、足への負担が最小限になるよう設計されたスポーツシューズを履いている。走る速度はそこまで早いわけでもないが、全身に汗がにじみでていた。
男性はちらりと周囲に視線を向けて、再び真っ直ぐに前を見つめて走り続ける。スポーツ選手というほどでもないが、仕事に追われる社会人よりは本気を出して走っている風情である。
そんな男性はひとりではなかった。
「はー、は〜……」
「はっ、ふっ、はっ、ふっ」
似たような出で立ちの男性は他にも数十人ほどいた。このマラソンコースだけで、である。
薄暗い街を男性の集団が無言で走っている状況はなかなか不気味なものがある。
スポーツの秋に因んで運動を始めよう。などというだけの理由ではなかった。
「うんど、して……腹を」
「空腹にしないと……せっかくのお菓子がまずくなる」
「今年は一つでも多くお菓子を食べるんだッ……!」
年に一度のお菓子収穫の季節。
毎年取り放題で盛り上がるとなっては少しでも多く貴重なお菓子食い倒れを楽しみたいというのは無理もない話である。取り放題の前に腹を空かせて存分に食べまくろうと思うのは一人や二人ではなかった。お菓子の木が出現してから早朝のマラソンコースを大量の男性たちがランニングするのももはや恒例となっていた。
「お菓子……おかしっ!」
既に空腹になっているというのに更に限界、極限まで腹を空かそうと走り続けている。皆プロアスリートのようである。
脇目もふらず走り続けている彼らに聞こえる由もなかった。
『毎年恒例お菓子取り放題六十分コースですが、海外からの観光客激増につき早々に新規申し込みを中止するとのことです』
『残念ですね。でもまあ、来年がありますからね』
『そうですね』
電気屋のテレビから流れるその臨時ニュースは彼らには絶望を与えるだろう。
甘いものに目がない熱い男たち。彼らが無事お菓子取り放題六十分を楽しむことができるかは別の話である。
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