執筆応援企画SS集

悲しき石の恋物語

「それは、悲しい恋の物語。

 人間には知られていない石の帝国がありました。
 石の帝国はこの地球上のいずこかに存在し、そこに住まう者たちは全員が石です。石の国なのだから当たり前ですね。石のように無の心がない人間には到底見ることも知覚することもできません。ですが、たしかにこの世のどこかに存在するのです。
 そんな誰も知らない石の帝国は一人の王様とその家族が治めておりました。
 決定権は王様にあり、その家族、つまり王族は王の家族であると同時に頼りになる相談相手。時には難しい政治や外交の相談にも乗っていました。
 いつから石の帝国が存在しているのかは当の石たちにもわかりませんが、少なくとも人間たちと同じくらいには歴史があります。人間が誕生したころにはその傍らに石も存在していたでしょうから。
 すべての石が石の帝国で生まれたわけではありません。石はどの時代にもどの国にも存在しています。住みよい環境の国もあれば石にとっては過酷な場所もあります。石の帝国は石に適した気温に湿度、日照時間も理想的です。食事の必要性はわかりません。ですが、平和で皆仲良く過ごす平和な時間は何物にも代えられません。石の帝国は石にとっての理想郷なのでした。

 さて、前置きが長くなってしまいましたがここからが本筋です。

 石の国には王様がいると言いましたよね。その王様は一人執務室で難しい顔をしていました。
「う〜む、困ったぞ……」
 王様は机の上に広げた本を上の空で眺めています。
 重大な悩みについて考えているので、本に書かれた文字など当然のように頭に入ってきません。さて、どんなことに悩んでいるのでしょうか。
「王女をどこの馬の骨かわからぬ男になどやれん」
 どうやら王様は娘の結婚について悩んでいるようです。年頃の娘を持つ父親なら多少なりとも経験があるかもしれません。
「かといって……頭ごなしに反対すると儂が娘に嫌われる……私のシャツをパパの服と一緒に洗わないでとか言われるだろう。そんなのは嫌だ」
 王様としての悩みなのか父親としての悩みなのか。おそらく後者でしょう。お父さんの悩みの種は王様だろうが大差ないのかもしれません。
 王様の娘である第一王女は既に幼いころに婚約が決まっておりました。
 しかし、いざ結婚が迫った年頃ともなると好きな人ができるものです。王女様のお相手は城の兵士のようです。
 隊長でもない一兵卒ですが王女様は危ない時に助けてくれた彼を好きになってしまったようです。たしかに自分のピンチを救ってくれた相手は誰でも王子様に見えますもんね。
 王様としても娘の命の恩人には感謝が尽きません。けれども、それと娘の結婚は話が別です。王族の結婚は外交の一種なのですから。
「どうしたものか……」
 父親としては娘の気持ちを尊重してやりたい気持ちはあります。
 しかし王として、国を治める者としてはそう易々と婚約破棄などするわけにはいきません。
「王女ちゃんは父親の儂から見てもべらぼうに可愛いし、マジ美少女だし、天使だし、儂がくしゃみしたときには嫌な顔しながらティッシュ差し出してくれる優しい子だし、天使だし、子供の頃はクレヨンで丸描いた似顔絵くれたし、凄く優しい子だし……」
 どうやら父親目線だと一気に美化されてしまうようです。慧眼で知られた聡明な王はどこに行ってしまったのでしょうか。
「そんな儂の天使が兵士風情と結婚とか……でも思い返してみたら婚約した王子もマザコンっぽいし。どっちに転んでもすごく嫌だ」
 娘の彼氏に難癖を着けたくてたまらないようです。彼氏の立場なら話をするのもイヤになりそうですね。
 ですが心配ご無用。
 娘王女の方もそんな父親の考えなどお見通しです。そして、王様がこうして悩んでいる間に兵士と駆け落ちしておりました。
 
「本当によろしいのですか?」
「ええ。パパは結局、私の結婚そのものが嫌なんですもの」
 さすがは娘としか言えません。
 王女様は父王の考えなどお見通し、そのおかげで容易く警備の隙をついて簡単に城を抜け出すことができました。
 ちなみにその時の王様は王女様が幼いころに描いてくれた似顔絵を眺めながら昔の思い出に浸っておりました。
「どこも父親はそんなものじゃないかな」
「いいえ! パパは度が過ぎるのです。ここはハッキリ決別すべきなのです。私は覚悟を決めました」
 悲壮な表情を浮かべた王女様はどこからか巨大なハンマーを取り出します。
「後腐れがないよう、しっかり粉砕しようと思います」
「えええっ!?」
 ここで驚いたのは荒事には慣れているはずの兵士の彼の方でした。
 王女様はつまるところ父王をハンマーで粉々にしようというのですから、その驚きも至極真っ当なものです。ただ、さすがに粉砕はやり過ぎだと思われますが。
「だってパパってば、私の洗濯物の中に自分の靴下を入れるんですよ? 耐えられませんよ」
「それはついうっかりでは……?」
「お小言が多いし、私が男性と話すたびに『彼氏じゃないよね、違うよね、ただの炉端の石だよね?』なんて水を差してくるし、うっとおしいのよ」
 王女様の方もこれはこれで大変そうです。
 丁度彼との結婚を反対されていることですし、ついでに粉砕しておこうと思ったのもおかしくはありません。いえ冷静に考えれば相当おかしいですが。
 ここで必死で止めたのは彼の方です。
「いやいやいや、何言ってんですか! ダメでしょう!」
「そうかしら?」
「たとえ臭かろうが、苔が生えていようが、最近つるつるしてきたからだろうが、娘への干渉がうざかろうが、それでも父君ですよ?」
「だってウザいんだもの」
「だものじゃありません!」
 元はと言えばこうして駆け落ちを決行したのはその父王の過干渉が原因なわけですが、なぜか彼氏は父親の方を持っています。
 王女の方も心底ウザいと思っている父の肩を持っているのがよりにもよって自分の一番愛する人である彼氏という状況がわけわからなくて混乱中です。
 しばし二人は言い争っていました。
 やがて日は沈み始め、二人のいる場所に統制の取れた足音が聞こえてきました。
「ようやく見つけましたぞ王女殿下!」
「さあ我々と城に戻りましょう」
 取って付けたような急展開。いえ、それほどでもありませんね。
 兵士の声に我に返った王女と兵士は慌てた表情を浮かべたまま咄嗟に寄り添います。
「王様がお待ちかねです。そこの兵士は……王族をかどわかした者の末路を知ってのことだろうな?」
 王女の顔に驚愕の色が浮かびます。
 兵士はバツが悪そうに顔をそむけます。
「あなた、知っていたの? 知った上で私と逃避行を?」
「承知の上ですよ。俺はずっと王女様が好きだったんですから」
 言いながら兵士は先ほど王女が取り出したまま放置していたハンマーを手に取ります。
「捕まって王女と離れるくらいならば! 俺はここで石畳になる!」
「そんな! あなた一人ではいさせません!」
 城の兵士たちが止める間もなく、二人は物言わぬ石となったのでした。

 こうして石たちは仲良く石畳の中の石となり、身分など関係なしに一緒にいられることとなりました。敷き詰めたコンクリートを砕かない限り、恋人たちはずっと一緒です。
 砕いてしまったらせっかく共にある恋人たちは離れ離れになってしまいます。

――というわけで、俺には愛し合う二人を引き裂くような真似はできませんよ」

 工事現場、新人の作業員は突然この話を語りだした。
 老朽化が進んだ道路には大きな亀裂が複数走り、危険だから修復して欲しいという住人の要望が届いていた。それを受けて現場に仕事が回って来たのだった。
 簡単に道路を砕いてしまえそうなうなるドリルを手にした親方は黙って話を聞いていたのだが言わずにはいられなかった。
「ねぇよんなもん。話が終わったなら作業始めんぞ」
 こっちはまだ作業が始まってもいないんだから。おまえが妙な話をして遮ってくるから。
「いえ! 他にも石には悲しき物語が秘められていて――」
「いいからとっとと現実に戻って来い」
 石には秘められた悲しき物語があるのかもしれないが、それを聞かされて一向に作業が進まない親方もまた悲しみを背負っているに違いなかった。
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