執筆応援企画SS集

春が来た。夏秋冬も来た。

「俺はこの春無事入試に合格した。
 当時の俺にとって合格は夢のまた夢、どうあがいても不可能だと思われた。
 しかしそれでも俺は私生活のすべてを勉学に捧げ、血反吐を吐くほど頑張ったんだ。
 ……そして無事、桜咲いた」

 俺はしみじみと約一年間のことを語った。
 生活のすべてを受験に全振りした苦難の一年間はようやく終わった。
 四月から通うことになる志望校は実家から遠く、時間はもちろん毎日の通学のための交通費も馬鹿にならない。そんなわけで今日から俺は実家から離れた場所にある安アパートで独り暮らしすることになった。経年劣化した狭く古く埃っぽい部屋ではあるが、起きている時間のほぼすべてを受験勉強に捧げたあの日々に比べればどうということはない。死んではいないが、走馬灯のように去年の日々が思い起こされた。
 どれだけ苦しかったことだろう。どれだけ遊びたかったことだろう。俺が受験勉強で不自由を強いられている間も、世間では次々と新作ゲームが発売されていた。無邪気にお小遣いを握り締めてゲームショップに駆け込む子供たちをどれだけ羨ましく、嫉妬と苛立ちと妬みを込めて見つめていたことだろうか。
「コンパクトにまとめられるといまいち苦労が伝わってこないな」
 隣にいる男の一言で、万感の思いに浸る俺は一気に現実に引き戻される。男の手にはポテチとコーラ。
 続けて他の二人も追撃をかましてきた。
「普段からしっかり勉強していればそこまで苦労せずとも合格しただろうに」
「すぐ誘惑に負けるよなコイツって。デート中にかわいい子が歩いてたらすぐそっち見ちゃうタイプ」
 それぞれ紅茶と雑煮を片手に俺にチクチク苦言を呈す。出会ったころからこいつらはこの調子だった。
 言いたい放題には慣れている。だがこれだけは言わせてもらう。
「アンタらが三行にまとめろって言うから端的に言っただけだろーが!」
「浮気しそう疑惑には反論しないんだな」
 こいつらは常日頃からやれ「長ったらしい」だの「要点は何?」だの「いちいち気障ったらしい言い方すんな」だの、俺の言葉に難癖付けずにはいられない。今だって「今までの経緯を三行で」というから要点だけ言ったというのに。
 ちらりと三人の男たちを伺い見る。
 さっきから出会ったころからずっと、何かにつけて俺にいちゃもんつけずにはいられない男三人。
 小舅か。そうだよ、その通りだよ小舅だよ。
 こいつらの名前は、夏、秋、冬。将来的には本当に小舅になる男たちだ。つまり、妻の兄弟ということ。まだ結婚してないし、その話も全くしていないが。
 将来的に妻になるかもしれない恋人、彼女というのが名前から大体察してると思う。
「もう! みんなそのくらいにしてよ! アオが困ってるじゃない」
「春……ッ!」
 小舅三兄弟の姉、四兄弟の長子である春。
 四人そろって春夏秋冬。あの季節の春夏秋冬である。日本の四季四姉弟である。
 春と出会ったのはちょうど去年の今頃。勉強する意義も理由も何もかもどうでもよかった頃に近所に花見に行ったときに出会った。淡い色の花びらが舞い散る中、暖かな微笑を浮かべた春は冬の寒さでささくれだっていた俺の心をじんわりと暖かくしてくれた。癒されるというのとは少し違う。なんというか、心がポカポカしてきたんだ。彼女といると俺まで嬉しくなるというか――
「長いんだよ」
「人の回想に割り込むな!」
「ほらな。制限しないとすぐコイツはよくわからない詩的?な言い回しばっかり使うんだよ」
「多くても140字でまとめろよ。長文は読むのがめんどくさいんだから」
「なんか気障なんだよな」
「無口なくせに心の中では妙に饒舌なんだよ」
「絶対こいつムッツリだぜ、間違いない」
「うるせぇ! 大体何なんだよお前らは!」
 つい忘れそうになるが、ここは春からの新生活に備えて引っ越したばかりの俺の新居である。俺の城である。
 そこになぜ当然のように交際相手の弟が勢ぞろいしてるんだ。将来的には家族になるとしても、現時点ではあまり関係ないよな俺とお前らって。ガチでただの他人だよな。なんでいんの?
「なんでいるのかって?」
「そんなの決まってるだろ」
「俺たちの春の交際相手として相応しいか確かめるためだよ。な?」
「また俺の心の中に入り込んできやがって……そしてなぜ弟が保護者みたいなこと言ってるんだ?」
 恋愛は本人たちの自由だろ。
 俺と春はもう立派に恋人なんだよ。両想いなんだよ。二人合わせて「青春」なんだよ。
 こんなに理想的なカップリングは早々見当たらないだろ、なァ!?
「……なぁ春、ほんとにこんな男でいいわけ?」
 夏が大きな声で春に耳打ちした。それ耳打ちの意味ねぇだろ。
 春は少し困ったように、だが同時に照れたように頬に手を当てて答える。
「……うん。わたし、こんなアオが好きだから。一緒にいて落ち着くの。えへへ……」
 春ゥ! ほんと天使じゃん!
 困り顔もカワイイ! いや、普段から天使だけど。まさしく「春」ってこんなイメージだよ、理想の春だよ! 一緒にアオハルしよ!
「でもさあ、母さんはもっと堅実な感じの男にしろって言ってなかったっけ?」
 メガネをくいっといじりながら喋ってそうな雰囲気で秋が口を挟む。四人の中で一番インテリっぽい奴だ。
「考えてもみなよ。人生の一大事である受験にもなんとか合格したからよかったようなものの、ギリギリにならないと努力しない奴だよ? そんな男と一緒にいて本当に春のためになるのかな? もっと堅実で勤勉で実直で、より具体的にいえば高収入で高学歴のエリートの方がよくない? ちゃんとデータがあるんだよ。生活満足度は――」
「ああもう! お前はいちいち理屈っぽくてうるさいよ。データとか根拠とか、そんなのは恋とは関係ないだろ!? 恋は理屈じゃなく感情でするものなんだからさァ!」
「僕は春の幸せを考えてだな」
「俺じゃ春は幸せにできないって言う根拠を出せよ。お前の大好きなデータをよォ!」
 かわいくない。兄弟の中でこいつが一番かわいくない。夏の方がまだかわいげがある。
 そこにぼそりと冬が呟く。
「元々帰る気ないしね。実家は三世帯住宅に改築するとかでバタバタしてるし」
「たまに業者が出入りしてると落ち着かないんだよな。静かなところでゆっくり過ごしたいし」
「春の恋路も心配だしな」
「……はあ?」
 まさかそれでうちに寄生しに来たとでもいうのか。
 冗談じゃない。俺だって初めての一人暮らしで慣れない家事を覚えなきゃいけないってのに。春からバイトを始めたり、部活も勉強も忙しくなる。
 忙しない生活の中で春の交際に癒されたいと思っていたのに。
 なんで恋人の弟までセットでついてくるんだよ。不要なおまけを押し付けるんじゃない。
「実家に帰れよもォ! お母さん心配してんだろうが!」
 何やってんだコイツら。
 ひょっとしなくとも俺の家に全員で住む気か? 冗談じゃない。俺は春と二人で……
「って、もしかして春も一緒に家出した、とか?」
「……えへ?」
 俺が気づいた可能性を肯定するように、春は困ったように小首を傾げる。
「彼氏の部屋で一緒に暮らすとか、ちょっと憧れない?」
「……」
 女子高生っぽいことをしてみたかったんだよね。
 そう嘯く彼女にきつい言葉が言えなかったのは、惚れた弱みか、春の暖かさに癒されたのか。寒かった冬の後の春の暖かさって特に身に沁みるんだよなあ。
「そうだね!」
 俺はそれ以上深く考えるのをやめた。きっととなるようになるさ。
 まだ俺たちのアオハルは始まったばかり。
 これからは楽しいことも辛いことも悲しいことも。一緒に乗り越えていこう。
「よーし! じゃあ今日はお祝いの鍋パーティやろうぜ」
「俺はタコパがいい」
「もんじゃにしよーぜ」
「人んちで勝手に盛り上がんなよォォォ!」
 恋人のおまけに小舅が一度に三人着いてきたけど、それもきっと乗り越えられる。……よな。そうとでも思わないととてもじゃないがやってらんない。
 前途多難な新生活はまず大人数用の家電を買いに行くところから始まった。
「俺たちのアオハルは始まったばかり……ははは」
 やけくそで俺は呟き、こっそりガックリ項垂れた。
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