執筆応援企画SS集

嘘から始まるデスゲーム

『――というわけだ。これから君たちには騙し合いをしてもらう。突然のことで本当に申し訳ないと思っている。だが、君たちも常日頃から変わり映えのしない毎日には飽き飽きしていただろう? 何か面白いことが起きないかな〜などと言っていただろう? ゆえに私は、そんなありふれた日常に倦んでいた君たちに非日常をプレゼントしたいと思ったのだ。どうか今の状況は私の好意だと思ってくれたまえ』
 ボイスチェンジャーで加工された声は大仰な口調で「ゲーム」の始まりを告げた。
 一夜、二郎、博也が目覚めたときには六畳ほどの薄汚れた倉庫らしき場所にいて、目が覚めたのとほぼ同時に謎の声が『お目覚めかね諸君』などと気取った口調で話しかけてきたのだ。
『君たちの年ごろならデスゲームがどのようなものか知っているだろう? 流行っているもんなぁ。つい最近もドラマ化されたりした、あのゲームだ。参加者たちは互いに出し抜き合い、最後の一人だけが恩恵を受けられるというあれだよあれ。私は君たちに騙し合いをしてもらおうと思って――』
「なげーよ」
 あまりにも長いセリフに耐えきれなくなった一夜が短く突っ込んだ。
「前置きがなげーよ。要約しろよ。もっと練ってから言えよ。最近の若者は忙しいんだ」
「二倍速再生くらいがちょうどいいよね。余計なこと言いすぎ。もっといらない部分を削って要約して、端的でわかりやすい言い回しをすれば良くなると思うよ。今のところじゃ、『もっと頑張りましょう』しかあげられないな」
 ゲームマスターの前口上を厳しく採点しながら一夜はぼやき、二郎は辛口評価を下す。もっと頑張りましょうなど小学生でも滅多に貰う評価ではない。
「ちょ、ゲームマスターにそんなこと言ってるのはまずいんじゃないの?」
『それではゲームのルールを説明しよう。あと、私のことはゲームマスターと呼んでくれたまえ』
「余計な心配だったみたいだね……」
 突然巻き込まれたデスゲームなどどこ吹く風の一夜と二郎はつまらなそうに話を聞いている。臆病なたちの博也だけは不安そうにびくびくしたままだ。
 謎の声ことゲームマスターは、それからしばらくゲームとやらの説明を延々としゃべり続けた。大っぴらにあくびをしながら一夜と二郎は聞き流す。
 回りくどいので要約すると「ここから脱出するにはこの倉庫のどこかにある鍵を見つけなればならない」ということらしい。加えて鍵はひとつだけ。声の主曰く、一見何の変哲もないドアだが一度開錠してドアを開けると再び鍵を使わなければ出られなくなるとのこと。どう見てもどこにでもあるドアに見える。が、万が一内部メカや爆弾が仕掛けられたら三人仲良くお陀仏化となるらしい。
「ま、なんとかなるだろ」
「だな」
 話を聞き終えた三人はこれから騙し合いのゲームとやらが始まるのだろうと思っていたが、特に何も起こらなかった。
 この手のデスゲームならば主催側がなんらかのえげつないゲームを用意し、参加者側が断れないような事情を用意したうえで強制的に仲間同士を争わせる展開になるものだ。
 だが、何も起こらないし、マスコットキャラクターらしき生き物も登場しないし、同士討ちを誘発するような武器も用意されていない。
 ただぽつねんと狭い倉庫に男子学生が三人閉じ込められただけだった。見慣れた体育倉庫によく似ている。
「ほら、何もしなくても何もされないじゃん」
「でも! もしかしたら後からとんでもない罰ゲームが課せられるかも……」
「それもないんじゃん?」
 暇つぶしとばかりに鞄から携帯ゲーム機を取り出しながら二郎はつまらなそうに言った。
「罰ゲームって反則したとかの過失がないと正当性なんかないじゃん。何もしてないのにさせるのはただの強権執行なだけで。見たところ監視カメラらしきものもないし、俺らが騙し合いとやらをしなくとも何もペナルティなんかないわけだろ?」
「でも……」
 なおも食い下がろうとする博也に、今度は一夜がめんどくさそうに言い添える。
「なぁに、向こうも積極的に俺らに何かしたいわけじゃないだろ。このご時世に未成年に何かあるとマスコミだって飛びつくわけだし。コンプラとかポリコレって大事だろ?」
 一夜の方はスマホで動画サイトを表示させる。その姿はめんどくさいから早く終わらないかな、という主張が全面に出ていた。
「……」
 まもなく倉庫に響き渡るのはゲームの軽快なBGMと動画サイトの読み上げ音声。
 しかしいつまで経っても一夜と二郎の二人は微塵もこのデスゲームに参加する気配はなかった。
「……」
 ただひとり博也だけはデスゲームをやらなくてはとでも言いたげだったが、肝心の自分以外の参加者はやる気がない。
 一人でデスゲームなど成立しない。
「……はぁ」
 諦めたように博也はポツリ呟いた。
「嘘なんだ」
「は?」
 一夜はスマホに向けた頭の向きはそのまま、目線だけ博也の方を見つめる。二郎はゲームがちょうど難しいらしく、眼すら向けようとしない。
「だから、今までのは全部嘘なんだよ。他の二人を出し抜かなければ出られないなんてことはないんだ」
「なんでお前にそんなことがわかるんだよ?」
「それは……」
「今いいとこだから」
 一夜がそう吐き捨てたと同時に爆発音のSEが響いた。「あーあ、ゲームオーバーだ」と呟いた二郎はようやく博也の方を向いた。
 意を決して、という表現が相応しい真剣な表情で博也は言う。
「嘘なんだ」
「わかってる」
 なんだそんなことか。
 一夜も二郎も言いたいことは同じのようだ。
「ちがう! このゲームそのものが嘘なんだよ。だって――」
「おまえなぁ……嘘ならもっとマシな嘘つけよ。こんな中二病患者が流行りの漫画から丸パクりして劣化させたような幼稚なデスゲーム」
 本気で考えてこれなら相当だぞ。
 続けざまに一夜が言ったことは博也にぐさりと刺さった。
「……そう。僕が中二病患者の僕が流行りの漫画からパクって、自分なりのアレンジを加えたから一気にチープになった幼稚でダサいデスゲームを考えたんだ」
 一夜と二郎はある意味驚いてしばし無言でいた。
「……」
 だがいつまでもそうしていても仕方がない。
 一夜は短く言った。
「マジで?」
「マジで」
 こんなつまらないゲームを考えたのお前?
 何を目的にこんなことしたんだよ? 暇なのか? つかどうやって俺らをここまで運んできたんだ? ゲームマスターのあのセリフをどんな気分で聞いてたの? 自分で穴掘って入りたくならないか?
「そもそも鍵なんか探す必要はないんだ。鍵なんてかかってないんだから」
「はぁ?」
 デスゲームってなんだっけ。
 言い訳するように博也はぼつぼつ呟く。
「だって……倉庫のカギは大人が管理してるから持ち出せなかったし……」
「ほんとだ! 引いたら普通に開いた!」
 二郎が戸を開けると同時に向こうに現れたのは見慣れた校内の風景。それは普段と何ら変わることはなかった。
 一夜は呆れながら感想を言う。
「じゃあ、なにか? 俺らは鍵のかかってない場所に素直に閉じ込められてたってことか? 俺らバカみてえじゃね?」
「みてぇ、っていうかストレートに馬鹿だよ」
 二郎はゲーム機を鞄にしまって帰り支度を始める。
 その間に一夜は博也を問い詰めていく。
「なんでこんなアホみたいなことしたの?」
「最初のあの痛いナレーションもお前が全部考えたの?」
「なんでこんな手の込んだ大嘘なんかついたんだよ?」
 参加したからって特に何かが起こるはずもなく。
「みんな暇だ退屈だ、たまには刺激が欲しいっていつも言ってるじゃん。だからこれは、僕なりに二人へのプレゼントだよ」
「もしかして最初に言ってたあれも本心?」
「他に何があるの?」
 そういえば最初に「退屈な日常に飽きている君たちへのプレゼント」とか何とか言っていた。あんなところだけ本心だったとは。
「それは嘘なわけ?」
「嘘じゃないよ!」
「嘘だっ!」
「その嘘が嘘だ」
「その嘘の嘘が嘘で、それで――」
 嘘から始まったデスゲームのようでデスゲームでもなんでもない倉庫に閉じ込められたごっこは、こうして嘘で〆られるのだった。
 ある日突然デスゲームに巻き込まれても案外簡単に脱出できるし、真相も理解できてしまうものなのかもしれない。
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