執筆応援企画SS集

呪いか祝福か

「諸君、我々から君たちへ授けられる知識はすべて与えた。未来をどう生きるかは君たち次第だ。我々教員は君たちの前途を心より祝福しよう」
 学院の卒業式。学長はどこか誇らしげな表情で粛々と告げた。同時に晴れ晴れといった感情も伺える。
 数年間の時を同じ学び舎で過ごしてきた同期の学生たちは学長の卒業祝いの言葉を退屈そうに聞いていた。堂々とあくびをする者もいれば、こっそりと話をする者もいる。ずっと真剣な顔で話に耳を傾けている者もいるが、それは少数だった。
 こんな卒業式の模様を見るのは何度目になるだろうか。各地の学院を転々としたものの、施設こそ違えどそこで営む生活というのはどこも同じようなものだった。今日もまた、ひとつの学院を卒業する。
 私はズク。学生だ。何年もずっと。
 自分について、私はよくわかっていない。自分のことがわからなかった。何者かわからない自分について知りたいと思ったのが学問に興味を持ったきっかけだった。
 自分は何者で、自分はどこから来たのだろう。最初はそんな自分の存在の根幹に関わることが知りたかった。世界について学べば自然と自分のこともわかるようになるのではないか。自分のことがわかればずっと胸に燻っていた不安も消えるだろうと思ったのだ。
 しかし、私にとって重要なことを理解できるようになりたいという理由だけだったはずが、学問というものは知れば知るほど興味深く、楽しいものだった。それまで知らなかった物事が理解できるようになる。これはそれまで知らなかった得も言われぬ快感だったのだ。
 最初こそ必要最低限のことさえわかればいいと思っていたのに、気づいたら私の中の好奇心は膨れ上がり、知識を求めて各地の学院を訪ね歩くという生活を送っていた。わかるようになれると信じていた。
 それと同時に気づいたことがあった。
 学院は規模の大小はあるものの、世界各地に点在している。特定の分野について知りたいと思ったときには遠方でも訪ねて行った。もちろんそれなりの日程はかかる。記憶にないほど卒業式を経験してきた私だが、鏡を見ても成長したようには見えないのだ。きっと数年、いや下手をしたら数十年かもしれない。私はずっと学生でいたはずだが、私の姿は全く変わっていなかった。久方ぶりにかつての学友と再会したこともあったが、当時はまだ幼さの残る顔をしていた彼女が物心ついた年齢の子供を自分の子だと紹介したことがあった。私の方は一切変化がないというのに。
 その時ようやく、私は他の人間と違うのだと自覚したのだった。
 現実にあるわけがないと思った。不老不死などというものは神話や物語の中だけのもの。荒唐無稽なおとぎ話。
 理性はそう否定するものの、別の理性はその否定を否定する。あり得ないと言いながらも実際に私は一切老けることはない。印象ではなく老けないというのは事実だ。事実を認めず、自分の感情のみで否定するのは果たして理性的というのであろうか。
 私は一体何者なのだろうか。
 こんな私の両親はどんな人なのだろうか。
 すべての存在は祝福されて生まれてくるというのに、私は両親の顔も名前も知らない。ひょっとしたら私は祝福されるどころか呪われた存在なのだろうか。年を取らないことから両親に嫌われたのだろうか。
 私とはいったい何者なのだろうか。いつか誰かを愛し、その存在に祝福を与えることができる日が来るのだろうか。それとも誰かに呪いを振りまいてしまうのだろうか。
 願わくば私にも祝福をください。私の存在は決して呪われていないのだと信じさせてください。
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