執筆応援企画SS集
自宅警備員のある一日
好きな時間に起きて、好きなだけ遊んで、好きなように寝る。
これがオレの仕事だ。やっぱり、自分のやりたいようにやるのが一番。好きな時に好きなようにしたいのはすべての生き物の本能。だが完全自由はオレのような選ばれし者のみに与えられる特権だ。
「敬一さん、おはようございます! ご飯できてますよ」
リビングに着いた途端、同居人は嬉しそうに出迎える。手にはいつもの不味い飯を持っている。またこのオレに犬のエサを食わせるのかと閉口する。
はぁ。まったくこいつは。
呆れながらも、せっかく用意したのだからと食べてやる。オレも大概甘いよな。
「美味しいですか?」
同居人はオレの顔色を窺うように問いかけてくる。
まずい。なんでこんなにまずいものを作れるんだ? 健康にいいとかなんとかほざいていたが、いくら健康に良くても上手いものは世の中いくらでもあるだろうが。オレに満足してほしかったら最高級の食材を買って来い!
「あっ!」
苛立ったオレは思わず同居人の頬にパンチを入れた。いつもより力が入ってしまったが、コイツはへらへら笑っている。
ますますムカついたオレはつい壁に当たってしまう。何発か壁に八つ当たりをして満足したオレは外に出る。
「お出かけ? 気を付けてね」
うぜぇ。オレはその辺のガキじゃないんだぞ。子供かっての。
でもなんだかんだ言って致せり尽くせりのこの生活は悪くない。しばらくぶらついてきたらまた構ってやってもいい。
オレはできた奴だからな。お前みたいなどうしようもない奴でもオレはちゃんと守ってやってるんだ。自宅警備員の仕事をしっかりやってるんだから文句を言われる筋合いはない。そう呟きながらいつものように外へと飛び出す。
外に出たら澄み渡った空気が気持ちいい。
オレの心はあっさりスッキリした。今日の雲はフワフワした形が柔らかそうで旨そうだ。
などと考えながら歩いていると、道の向こうからオレの好みドストライクのいい女が歩いてくるじゃないか。ゲキマブだ。これは話しかけない方が失礼というもの。
「そこのお嬢さん、オレと遊びに行かない?」
「いやよ。あんたみたいなデブなんか」
「なんだと?」
反射的に手が伸びていた。
女の方は素早くオレの手を叩き落とした。すぐに好戦的な目でオレを睨みつける。
「ちょっと! 気安く触らないでよ!」
「こっちが下手に出てれば偉そうに……」
「あんたこそ馴れ馴れしい!」
しばらく取っ組み合いになってしまった。
よせばいいのにオレの方もつい感情的になって大声で怒鳴ったり、つい手が出たりした。近所のおばさんたちがオレらの方をガン見してヒソヒソ話し込んでやがるし。やっぱりオレがイケメンだから目立っちまうのかもな。
「見世物じゃねえんだよ!」
おばさんたちを睨みつけ、なんだかテンションが下がったオレはムカムカしながら家に帰った。警備員と言っても自宅専門だからな。夜になったら安全な場所に帰らないと。
「……」
あーあ、なんかおもしろくねぇ。腹も減ったし、もっと楽しいことでもして気分転換しよう。同居人の作るメシは信じられないほど不味いが、あんな不味いものでもないよりマシだ。
そう思って帰宅したが、まだメシはできていなかった。
「ごめんね〜そろそろできるから」
ったく。オレが帰ったらすぐ食えるようにしとけよな。使えない奴め。
仕方なくつけっぱなしのテレビの前に行く。
画面にはくだらない話をしている二人組がまたしょうもないことをなんか言っていた。よくこんなものを面白いと思えるよな。オレにはさっぱりわかんねぇ。
テレビの前で寝転がりながらぼんやりしていると、ようやくメシの支度ができたようだ。まったくノロマめ。
「今日はちょっと奮発したよ!」
鼻先に漂う匂いを確認した途端、オレの機嫌は自分でも笑っちまうほど上機嫌に変わった。
おま、これ……オレの大好物じゃねぇか! いつもは金がなくて買えないとか何とか言ってたくせに!
「コツコツ貯金してたんだけど、たまにはこのくらいの贅沢はいいよねって思って」
おうおう。それでいいんだよ。やればできるじゃないか!
たまには誉めてやろうと手を伸ばした。
「お?」
が、力の加減が下手なオレはついパンチになってしまった。悪いな、なんか。
「へへへ……敬一も機嫌直してくれたんだね」
勝手に向こうが前向きに受け取ってるんだし、まあいいや。
お前も幸せな奴だな。
「よーし! ついでにブラッシングもしちゃうからね!」
同居人はオレを無理やり抱き寄せ、ブラシを手に取った。まじでか。
今日はやけにサービス良すぎじゃないのか? まさか捨てるとか言わないよな?
「いつも敬一のおかげで辛い仕事も頑張れるんだよ。ずっとうちにいてね。もうちょっと貯金溜まったら念願のキャットタワー買うし」
そうかそうか。別に怒ってたわけじゃないんだな。よかったよかった。
オレもメシと昼寝とブラッシングと爪とぎが付いたこの暮らしを手放す気はないからな。しばらくはこの家の警備員を続けてやるよ。よかったな。
ブラッシングの得も言われぬふわふわの気分に包まれながらオレはそのまま眠りについた。また明日も警備員やらなきゃならないしな。
あ〜、今日も仕事お疲れさまだぜ、オレ!
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