執筆応援企画SS集
飛車角教示
俺はあいつが好きだ。
いつもはねっかえりで、ようやく近づけたと思ったらすぐに遠くに行ってしまう。素早いのなんのって。追いかけるこっちの身にもなれ。
同じ方向を目指しているはずなのに到着するのはいつも別の場所。俺は真っすぐ進んでいるのに、向こうはなぜか斜めに歩く。真っ直ぐと斜めで綺麗な三角形が描けそうなくらいだ。だからどうしたという話だが。
愚直なほどに真っ直ぐな俺。常に斜に構えたアイツ。
俺たちは同じ陣営にいるはずなのに交わることがない。
せめて敵同士だったなら。
一瞬の逢瀬すら叶わないこの身など……いっそのこと、敵に寝返ってしまおうか。
そうすれば俺自身の手で、あの忌々しい斜めのアイツを打ち取ることができるのに。この決して叶わない恋にピリオドを打てるのに。
ああ、なぜ俺は……俺たちはっ!
「王手っ!」
私はさっさとこの一局を終わらせることにした。
「それでね、思いつめた飛車はちょっとの隙を見せたせいで相手に奪われてしまうんだよ! そして洗脳されて相手の軍門に下った挙句、かつて愛した角を自分自身の手で――」
「うん、それはわかった。わかったから」
未だに喋りが止まらない友人を手で制しながら、私はすでに詰んでいる将棋盤を指さした。
私の金とと金は相手の玉にとどめを刺す状況。玉の後ろには私の駒が複数にらみを利かせているからどこにも逃げられない。どこに動かしても打ち取られる。王手。
だというのに、彼女はまだ自分の妄想の世界にいるらしい。ぶつぶつと愛憎劇だの、ロミジュリだの、よくわからないことを呟いている。なんか怖い。
しばらくぶつぶつ独り言を言っていたと思ったら、彼女は突然声を張り上げた。
「やっぱり飛車は攻めだと思うの!」
「……はぁ?」
そりゃ、飛車は攻めに向いてる。
特に否定する理由もないから私も肯定した。
「まぁ、ね。そうだね」
「でしょ? それで、最初は飛車の方が角を育ててたんだけど、角はある日突然成ってしまって、飛車をこえていくの。熱い展開じゃない?」
「ああ、うん。そうだね……?」
何か言っていることがかみ合っている気がしないが、めんどくさくなってきたので頷いておく。
「やっぱり角はトリッキーな受けだよね!」
「いや、それは違う」
ここで到底承服できない発言が出たので強く否定しておく。
「えっ? なんで?」
「確かに角は防御に回してもとても強い。けど、私は角を軸に攻めていきたい」
「えっ? どういうこと? 飛車が攻めだって言ってたじゃない!」
「……ええっと?」
なんだろうこれ。
付き合ってるこっちがおかしくなりそうなんだけど。同じ日本語を話しているのに、話が通じていない気がする。
そんなことを考えている間に、相手の方は腕まくりをした。
「こうなったら、飛車角のよさをしっかり教えた方がよさそうだね。これからじっくり教え込んであげるよ!」
堂々とそう宣言されてしまった。
たしか、今私たちが対局していたのは、目の前のこの子に将棋を教えるためだったはずだ。そのはずなのに、なぜ立場が逆転することになっているのだろう。
だが。
「こっちこそ。将棋の奥深さ、角の攻め方をじっくり教え込んであげる」
私だって教師役の意地がある。
「じゃあ、どっちの萌えが上か決着つけよう!」
こうして盤外の私たちの勝負の幕が上がる。
正直、なんのための勝負なのかはわからないけれども。
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