執筆応援企画SS集
人生はこれからだ°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
『ピッ!』
あっ、通知来たっ!
通知のライトが点滅すると同時に、反射的に私の手は動いていた。
キー配置など見なくてもわかる。指がしっかり記憶してるから、考える前にSNSを開いていた。
スマホの画面いっぱいに広がるSNSが広がった瞬間、私の脳内にドーパミンが一気に噴出された。
「やっぱり! そうだと思ったのよねぇ! みんなもそう思うよねぇ!」
SNSに表示されたマイページには「いいね!」の数が増えているのが分かった。
うんうん、あの投稿は我ながら鋭い意見だったと思うのよ。ほら、私って人が気づかないような細かいところに気がついちゃうわけで。なんていうのかな……センスが違うっていうか、感覚が鋭いっていうか。大人になっても若者の感性を持ってるのよね。
嬉しくなってスマホを相手に頷いていると、この店のウエイターが皮肉気な笑いを浮かべて寄って来た。
あ、ここは近所のおしゃれなカフェだ。ゆっくりしたいときにはいつもここに来て、お茶とお菓子をつまみながらスマホを眺めている。もはや日課だ。
「なになに? まーたSNS? わざわざカフェに来てまで?」
注文した春の新作ケーキをテーブルに置きながら、店員の若い男の子はからかうような笑みを浮かべて言った。
その顔には「若者向けの店によく来るね」と書いてある。余計なお世話だ。
「わっかんないねー。ほとんど毎日じゃん? ひとりで家にいたくないって?」
「別にいいでしょ。ちゃんと代金は払ってるんだからね。こういう賑やかなところにいると落ち着くんだよ」
「じゃあ同年代のいるようなところに行けばいいだろ。もういい年なんだから」
「余計なお世話だよ!」
まったく、今時の若者ときたら。
ちょっと自分たちより年上だからって、すぐ人を年寄り扱いして。私はまだまだ現役だよ。
「SNSだって楽しいのはよくわかるけどさ。こんな世代に合わないカフェに来て、今日も新作ケーキSNSに上げるわけ? 無理して若作りしなくてもいいだろ。ババア無理すんな」
「誰がババアだ! いつもながら失礼な子だね!」
このカフェに来るようになってから……大体一年くらい?
ここの従業員ともすっかり顔見知りだし、プライベートなこともたまに話している。顔見知りの気安さもあってか、店員の中にはこの子のように生意気な口を利いてくる子もいる。
ちょっと年上なくらいですぐババアだの年寄りだの抜かしてくる点は確かに腹立たしいものの、若者と話すのは楽しいし、向こうも親しいからこその気安さだと理解しているようだから大目に見ている。あまりにもババア言ってくる子にはつい口うるさく注意してしまうけど。
おっと、そんなことより返事書かなきゃ。
「『友代さん、コメントありがとう! 推しが撮影した聖地楽しかったよ〜! 近くに美味しいお団子屋さんがあったの(⋈◍>◡<◍)。✧♡ 今度はよもぎ餅頼むんだぁ(^▽^)/』……」
「ちょっと! 勝手に文面読み上げないでくれる?」
「……あーうん、なんか悪いな」
勝手に人のSNSの文面読み上げた挙句、勝手にバツの悪い顔をした男の子は気まずそうにその場を去っていった。
痛々しいとでも思っているのか? 何度でも言うが、余計なお世話だ。
「ふん!」
年寄り扱いするわ、勝手になんか気まずそうな顔するわ、なんなんだろう。別にいいじゃない。大人がいつまでも元気なことはいいことだ。
私は若い子から見ればおっしゃる通り立派な大人だろう。若い子からすればもうババアと言われるような年なのだろう。二十歳すぎれば江戸時代ならもうおばさんだし、三十代を迎えれば大年増だ。(※文献によりばらつきあり)
嘆かわしいことに、日本という国は世界中と比較してみても加齢に厳しい国だ。特に女は若ければ若いほどいいという暗黙の了解がある。男はそんなことないのに。何たる不公平。
大昔は寿命も短かったから若くして「おばさん」呼ばわりも我慢できただろうが、今は平均寿命も大幅に伸びている。ちょっと年を重ねたくらいですぐ年寄り扱いするのはいかがなものだろうか。外国では年を重ねた方が魅力的だという価値観だってあるというのに。
一昔前なら、女は嫁いで出産して、夫に尽くして子育てをして、舅姑を看取って、ボケないうちにコロッと逝け。そんなハードワークをこなしても、花盛りなどあっという間。時勢に従って年を取ったらそこまで。人生の楽しい時期は終わったと大人しく引退するのが当たり前だったのだろう。なんという悲劇。
男は堂々と社会で活躍できるというのに、女は家で家庭の雑事をこなすしかなかった。得意分野について語ることも、自信作を大勢の人に見てもらうこともできなかった。もっと発表の場があれば文化だって更に盛り上がっていたかもしれないのに。
だか、今は違う。
ネットもメールも動画サイトもある。SNSではスマホさえ持っていれば誰だって自分を発信できる。意見や自分の作品を発表できる。誰でもだ。
現代は体力が落ちて旅行にも観光にも行けなくたって我慢できる。打ち込める趣味や好きなことがあれば、SNSで共通の趣味で盛り上がることができるのだ。
そんな楽しみにあふれた世の中で、ちょっと年を取ったくらいで楽しみを諦められるわけがないじゃないか。
本当に今はいい時代だ。この時代に生まれてきて本当によかった。私はとても幸運だったのだ。
私はお茶とケーキの写真をSNSに上げて、内容確認をした。
「さって、送信送信!」
私はちょっとブルーになった自分の気分を盛り上げるために、ことさら明るく呟いてスマホをタップした。
気が滅入ったときにはSNSを眺めるのが一番だ。そう気分を切り替えてケーキに向かおうとしたとき、スマホのランプが光った。
『ピッ!』
画面に視線を戻すと同時に、新しいコメントが届いたようだ。
フォークを置いて、ワクワクしながら文面を追う。そこには最も親しい相手の名前が表示されていた。
「友代さんだ! あれ? これって……」
本文には私が内心望んでいた提案が書いてあった。
『今度所用で、推しの聖地の近くに行く機会があるのですが、よかったらお会いできませんか?』
「マジか!」
反射的に普段使わないような言葉が飛び出していた。
いやいや、でも仕方がない。本当にうれしいときは考えるより先に感情が先に動くものだ。
「もちろんです!」
断るなんてあるわけがない。
友代さんは、私がSNSを始めてからずっと付き合ってきた友達なのだ。
きっかけは、私が長年推している俳優のファンコミュニティだった。
推しの出演情報を探して出会ったその場所では、推しの話題で盛沢山。初めて見る自分以外のファンの熱意と推しへの愛がこもった場所で右も左もわからなかった。
そんな時、初心者にもわかりやすい言い回しで色々レクチャーしてくれたのが友代さんだった。
話も合うし、気も合うし、なんといっても好みが合う。特に推しに関しては意見が違ったことなど一度もなかった。もはや親友以上の盟友、ソウルメイトなのだ。
その友代さんのお誘いを断る選択肢なんてあるわけがない。
私の方からこの提案をしようかと思ったことは数え切れないほどある。
けれども、お互いいい大人だ。リアルの生活もあるし、時間もお金もかかる。大人だからこそやすやすと提案できないのだ。
返信して、私はゆっくり深呼吸した。
興奮で心臓が高鳴っているのがわかる。緊張じゃない、最高級の歓びで。
そこへ、追加で注文していたフルーツタルトが届いた。まるでささやかなお祝いのように。お金払うの私だけど。
「なにかいいことでもあったの?」
「まあね」
「……ふぅん」
「親友と会う予定ができたのよ。ずっと会ってみたいって思ってたのよねぇ。きっと同年代よ」
「それはどうだろうな。うんと年上だったりして。からかってるだけだったりして」
まったくもう。
この子ときたら、なんでいちいちテンションが下がるようなことを言うのだろう。いやな子だ。
「あんたさ、もしかして私のことが好きなの?」
「は? なにそれ?」
「いっつも絡んでくるじゃない。好きな子をおちょくりたいっていう、小学生男子によくあるっていうアレ。やめてよね。私、アナタくらいの年ごろの子は守備範囲外だから」
「何言ってんだよ気色悪い。俺が恋愛対象に入れてたら、捕まるぞ」
本気でイヤそうな顔してるのが腹立つわね。
対象外だけど、向こうがそういう態度取るのは気に食わない。
「ないない! あるわけないじゃない。気色悪いわね」
「どっちがだよ……」
呆れた、という顔をしたまま、彼はこの場を去っていった。
向こうから絡んでくるくせに最終的には大抵こういう展開だ。年上の女性にドキドキでもしてるのかしら。今の若い子って年上好きも多いらしいし。
ま、いいか。どうでも。
「あんな子のことなんて忘れてパーッとやろう!」
私はうきうきと、友代さんと会う日のことをあれこれ考えながら帰路に就いた。
SNSでやり取りしながら遠征の準備をするのはこの上なく楽しい。
そしてうきうきるんるん、ドキドキの気持ちを抱えたまま、待ち合わせ当日がやってきた。
「よしっ!」
私は少し遠出をして待ち合わせ場所のカフェにいた。
友代さんはかなり遠くにお住いのようで、遠方に住む親戚に会う用事があるのでついでにここまで足を延ばすことにしたそうだ。
待ち合わせにこのカフェを選んだのは、前から憧れがあったのだという。たしかにトレンディドラマに出てくるような洒落た内装だし、メニューも流行を取り入れたおしゃれなもの。正直、見慣れないカタカナ語がずらりと並んでいて注文に苦戦した。
「たのしみだなぁ……友代さん、絶対同年代よ。話が無茶苦茶合うもん!」
期待で胸がいっぱいな私はスマホを眺めて時間を待っている。
慣れない場所だからと早めに家を出すぎたらしい。まあ、スマホがあれば退屈なんてしないから別にいいのだ。
「あれ……?」
スマホに集中して画面をタップしていると、聞き慣れた声がした。
怪訝に思ってそちらを向くと、今度は見慣れた顔が目に入ってくる。案の定、それは見慣れたあの男の子だった。
「なんてここにいるんだよ?」
向こうも私を見て驚いている。
なんで通い慣れたカフェの店員がこんなところにいるのか。見慣れた生意気そうな顔のせいで、せっかくの晴れの日を台無しにされた気がする。
「あんたこそね。なんでここにいるわけよ?」
「俺は仕事で来てるんだよ。人気店の秘密を調査っていうか」
「なんだ。ストーカーじゃなかったのね。安心した」
「誰がストーカーなんてするかよ。気色悪いな」
「そっくりそのまま返すわよ、気色悪いわね」
まったくもう。テンションが下がるなんてもんじゃない。大体、誰がババアだ。
「ほんとさ、ババア無理すんなよな」
あ、またしてもババア言いやがった。
私はまだまだ若いんだからね。今の子はちょっと年上なくらいで、すぐ女性をババア呼ばわりするんだから。私が若いころはそんな失礼な態度など取ったことなかったというのに。実年齢が多少年食ってても、気持ちが若いんだから若いんだっての。
「さっきも、ばあさんが道に迷っててさ。ったく。遠出するんなら子供なり孫なり連れて来ればいいのにな。年寄りは年寄りらしく、その辺わきまえろよって感じ」
「あんたも相変わらず失礼な子だね。人を年寄り扱いするんじゃないの。いいじゃないか、本人が一人でできるっていうなら」
「俺が言ってるのは――」
「栄子さん?」
私たちの会話に割り込むように、名前を呼ばれた。
栄子さん。それは私の名前だ。
ここではその名を知っているのは友代さんしかいないだろう。しかも今のは明らかに私に向かって言ったのだろうし。
「友代さん?」
期待に胸を膨らませつつ声のした方を見ると、そこには鮮やかな蛍光ピンクのスマホを持った女性が立っていた。スマホケースもゴテゴテと飾りがついてる。原色で塗られたキャラのマスコットがかわいい。
着物姿の落ち着いた様相だが、柄は今どきの色合いの派手なもの。薔薇柄だ。しかし彼女の明るく親しみやすい外見がその派手さにマッチしている。似合う。
「はい、わたしが友代です。栄子さんって想像していた通りの方でした」
「私もよ! 友代さんって絶対着物が似合うと思ってたのよ!」
対する私は大人らしく、丈の長いワンピースを着ている。綺麗な色合いの紫で、スパンコールが縫い付けてある。光が当たるとキラキラ輝くのが気に入っている。
私たちはハグをして初めての対面を喜び合う。SNSならではの、親しいのに初対面という関係もいいものだと実感した。
そしてしばらくして、友代さんが傍らのあの男の子に目をやった。
「……あら? あなた、さっきの親切な子じゃない」
「ああ。また会いましたね」
まるで前に会ったことのある会話だ。あれ? 「さっき」?
友代さんは男の子に軽く頭を下げる。
「道案内どうもありがとうね。慣れない土地だから……道がよくわからなくて困ってたのよ」
「いや、別にいいけど」
「あれ? 知り合いなの、友代さん?」
「ええ」
友代さんはにっこり微笑んで事情を話してくれた。
どうやらさっきこの子の話に出てきた年寄りというのは友代さんのことだったらしい。
若い子はすぐに人を年寄り扱いするんだから。友代さんはまだまだ若いじゃない。
「だから、ババア無理すんなっていってるだろ。年寄りが一人で遠出なんかするんじゃねえっての。危ないだろうが」
「口は悪いけど優しい子なのね。ちょっと見直したわ」
すぐに年寄りだのババアだの言ってくるけど、でも案外優しいところもあるんだねこの子。
つい憎まれ口叩いちゃうのも、素直に優しくするのが恥ずかしいのかもしれない。あ、これきっとツンデレってやつだ。
でもそれでも、「ババア」と呼んだら私は怒る。
「好きになるなよな?」
「ならないっての! 私は子供は対象外なのよ」
大体二十歳前後のこの子と、すでに夫を亡くした四捨五入で八十歳の私。
恋人になるなんて無理だし、そんな気にもならない。年の差と言っても限度がある。
「栄子さんって若い子にモテるのね」
「やだわ、友代さんってば!」
「冗談じゃねぇっての。ババアは無理!」
本気でイヤそうに男の子は吐き捨てた。
それを見て、私と友代さんは顔を見合わせて笑う。
大人も子供も、男も女も。スマホさえ使えれば誰でも竹馬の友に出会える時代。昔は近くに同志がいないと諦めていた推し活も、活動のハードルがぐっと下がった。誰でも好きなものに触れ、ディープに極め、交流できる。なんといい時代だろう。
「いい時代よね」
「本当に」
若いころはこんな時代が到来するなんて考えたこともなかった。スマホ片手に初対面の親友と趣味の話題で盛り上がるなんて。
友代さんも同じことを考えているようだ。やっぱり親友、やっぱり同年代。感じることは似ているらしい。
「じゃあ、乾杯でもしましょうか。緑茶はあるかしら?」
「緑茶ラテならあるかも?」
「やっぱり私たちはコーヒーはちょっとね」
「だよねぇ!」
同年代あるあるで軽く盛り上がった後、席についてもまだ笑っている。
SNSから生まれた私たちの出会い。友情。これから先も続いて、他にも同志と出会えますように。
こんなにいいものが溢れている世の中だもの。早々死んでなんかいられない。私たちの人生はまだまだ歓びにあふれているんだから。
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