執筆応援企画SS集

ヒント:窓

 私は名探偵である。
 推理力はずば抜けて高く、知識に発想力に行動力にも優れ、事件が起こって気落ちした遺族に対する気配りもかなり上手いと思う。よくあるフィクションに出てくるような、有能ではあるけど性格に難があるタイプでもないと思う。有能で気配り上手、おまけに容姿もかなり自信がある。才色兼備の探偵だ。いわゆる完璧超人とでも呼ぶべき特徴を備えている。商才にもそれなりに自信がある。宣伝も効果的なものを行っているという自信があるし、うちの探偵事務所のホームページだって洒落たデザインのものを自作している。機械にも強い方だから、この頃増えているという盗聴器も探せるはずだ。依頼人が困っているのならば家電だって修理できるだろう。
 ざっと自分の特徴を述べただけでも、私がかなり有能だということがおわかり頂けると思う。はっきりいって理想的な探偵だといっていい。
 ゆえに、私は自分が名探偵だと自信を持って言える。
 さて、そんな名探偵の私ではあるが、悩みが一つある。
 依頼が来ないのだ。
 一度も事件を解決したことがないのだ。
 この街で探偵事務所を開いてから三年が過ぎたのに、一度も依頼が来ないのだ。
 依頼人どころか客も来ない。たまにポストに電気や水道の請求書は届いているが、郵便での依頼も一度も届いたことがない。
 事件そのものに関わったことすらないのだ。
 このような場合、能力が高くても実績がない場合、事件に関わったことがない場合でも、名探偵と呼ぶべきなのか。
 名刺には「探偵」という肩書を書いてある。だから世間的には私の職業は「探偵」で通るのだろう。
 ただし、「名」探偵と呼ぶべきなのか否かは意見が分かれるところかもしれない。
 そもそも名探偵の定義とはなんだろう。
 私は「実際に事件が発生した場合に有能な探偵である」という自負があるので、「名探偵」と名乗っている。
 しかし、世の中のフィクションを見ていると、名探偵を名乗るのは「すでに実績がある」探偵ばかりだ。
 では、一度も事件を解決どころか関わったこともない私が「名探偵」を名乗るのはおかしいのだろうか。名探偵を自称するのは罪になるのだろうか。そんなに悪いことなのだろうか。
 ああ、私も早く名実ともに「名探偵」になりたい。
 どうにかして名探偵として認められたい。この際贅沢はいわないから、浮気調査やペット探しでもいいから、一度でいいから。
 事件を解決したという実績が欲しい。
 たった一軒だろうが、事件解決は事件解決だ。一件の事件だろうが百件の事件だろうが、解決した実績があるのとないのとでは雲泥の差だ。誰か私に事件をくれ。いや、ください。
 なぜこの街は事件が起こらないのだろう。多くの人間が生活していれば大なり小なりもめごとが起こるのは必然のはずなのに。
 考えに詰まった私は、ふと窓の外に目をやった。
 こうして外の景色など見たのはいつぶりだろうか。いつ依頼人が訪ねてきてもいいように、私は事務所にこもりきりだった。生活空間も事務所がある建物の中に入っている。生活必需品は通販で購入しているから困らない。ここに引っ越してくるときも夜だったし、周囲の様子など見えなかった。
 窓の向こうに広がる風景は予想以上に牧歌的なものだった。
 果てのない空、広がる畑、無数に実る果物。視界の大半を占めるのは空の青色と萌える緑。遠くでは鳥が鳴いているらしい。空気もおいしい気がする。
 我が探偵事務所の外は見渡す限りの自然が広がっていた。
 人々はのんびり畑を耕し、田園からは米を収穫している。都会の喧騒や乗り物の騒音や排気ガスとは無縁の、のどかな田舎の風景。
 そういえば、この事務所はやけに安かったことを思い出した。
 老朽化が進んでいるとか、リフォームしないと住めたものじゃないとか、そんなようなことをおまけのように言われた覚えがある。私としては多少古びている方が雰囲気が出るし、リフォームして自分の好みに空間を作り上げる方が楽しいだろうと思って聞き流していたのだった。
 まさかここまで人がいない場所だとは思っていなかった。
 人気のない田舎道でのんびり猫が昼寝している。
「……」
 私はようやく合点がいった。
 なぜ依頼が来ないのか。
 そりゃそうだ。
 こんなところで事件なんて起こりっこない。
 住人の数が少ないのだから。少人数で仲良く共生しているのだから。動機になるような劇的な出来事が起こらないから。
 理由のないところに事件は起こらない。
「ようやく謎が解けた」
 せっかく私にとっての重大事件が解決したというのに、私の心は一向に晴れることはなかった。
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