執筆応援企画SS集
14の夜
中二病という言葉がある。
大体中学二年生、つまり主に十四歳前後に罹患しやすい病のことだ。この病にかかったものは、大人になってから罹患中の言動を真っ赤になって後悔し、羞恥に転がりまわることになるといわれている。さらに厄介なことに、万人に効く特効薬は未だに存在しない。非常に厄介な病である。
昼より夜を好み、光より闇に惹かれ、甘いジュースより苦いコーヒーがカッコいいと思い、意味もわかっていないのに洋楽がおしゃれだとわかったように語り、伝わりやすい常用漢字より難解な旧字体を頻繁に使う。
なんとも厄介で面倒くさい病であろうか。
この病にかかったらしい同級生たちに、我は心から同情する。なんと哀れなのだ。
「いやいやいや、お前も十分中二病だから」
それまで我の話を聞いていた兄上が突然吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い転げる。どうやらこれまで我慢していたらしく、もう我慢できないとばかりにゴロゴロと転げまわっている。仕舞には、床をどんどん叩いている。
「お前さ、今の自分の姿を鏡で見てみ? そこにはれっきとした中二病患者が映ってるから」
「我は断じて違う! そのような凡夫と一緒にするでない! いくら兄上でも我の左腕に封じた魔が飛び出すのをいつまで抑えていられるかわからぬぞ!」
左腕の包帯をほどいてやろうかと思ったが、そこまではやりすぎだ。我は寛大だから、兄上であるという事実に免じて勘弁してやろう。命拾いしたな。
「お前は学校では元気ないくせに、夜になると別人みたいに元気になるし。小学生の頃はジュースばっかり飲んでたくせに、顔をしかめてブラックコーヒー飲むようになったし。部屋からは洋楽ばっかり聞こえてくるし、ノートにはわざわざ書きにくい旧字体がずらっと並んでるし」
お前が言ってる中二病患者そのものじゃん。
兄上はまだまだ我を肴にゲラゲラ笑っている。
「別にいいじゃん、中二病。みんなそうやって大人になっていくんだから。妄想力と空想力は今しか伸ばせないんだぜ?」
一瞬、わずかに兄上は真剣な顔をした。
が、次の瞬間にはいつものふざけた笑い顔に戻っていた。
「お前見てると飽きなくていいわ。中二病なんて自然に治るんだから背伸びしなくていいと思うぜ。……でもお前はすでに戻ってこられないくらいになってるけどな。ぎゃははははは!」
まだまだ笑っていうる兄上はちらりと時計を見上げ、「じゃ、俺今日バイトだから」と言い残して部屋を出て行った。一度引き返して、「中二病も大概にしろよ」なんて憎まれ口まで置いていった。余計な世話だ。
我は断じて中二病ではない。
年齢は確かに中二病に最も注意しなければならない中学二年生、十四歳であるが。だが、十四歳全員が中二病に罹患するわけではないだろう。
我は絶対に中二病に罹りたくないのだ。
兄上だって、二年前には重度の中二病だったくせによくもあんなことを言えたものだ。ブラックコーヒーを我に進めてきたから、我だって飲むようになったのだ。洋楽だって兄上がいいというから、我も聞くようになった。それだけのことなのに。
中学二年の兄上の病はひどかった。全身に包帯を巻いて登校しようとしたり、制服を改造してどこぞのロココ貴族かと疑わしくなる格好ばかりしていたり、やけに暗い曲ばかり聞いていたり。ああはなりたくない。我はそう強く思った。
そして世の中の厄除けの風習を調べ、厄払いの意味を込めて、あえて中二病らしい言動をするように心がけているのだ。
そうだ、我の今のこの姿はすべて中二病に罹らないための厄除けに過ぎない。
かつてのヨーロッパでペストが流行ったときには、むち打ちという予防法も実践されていたという。身体に鞭をうっていればペストに罹らないという。これも一種の厄除けだ。だから我の方法も間違ってはいないはずなのだ。
絶対に中二病に罹ってたまるものか。
我は再び心に決める。
なにしろ、中二病というものはひどく恥ずかしい。周りにも何人か実際に罹患している者たちがいるが、その言動は見るに堪えない。とても恥ずかしいのだ。きっと大人になって、誰でも一人だけ消すことができるとしたらとでも聞かれたら、間違いなく「中学二年生の自分」と答えるであろう。そのくらいひどいのだ。我は自分を恥ずかしいと思いたくない。
我は思う。
「なんで十四ってこんなに恥ずかしいんだろう?」
十四歳の夜なんて、なんて子供で中途半端に大人でまだまだ未熟で嫌な方に成熟なんだろう。できることならすっ飛ばして、一気に大人になれたらいいのに。そうすれば黒歴史なんて生産せずに済むのに。
「……なんてね。ンなこと考えずにとっとと寝よっと」
我ながら馬鹿らしい。
中学二年はこれだから嫌なんだ。
「おやすみ……」
我は電気を消してベッドにもぐりこんだ。
真っ赤な月が世界を照らしている。
青白い太陽はちょうど月の反対側にいる。
ふつう逆だ。だが、この世界ではこれが正解なのだ。
「またこの夢か……」
我はいい加減に飽きた夢の内容に不平を言うのを我慢できずにいる。もう何度この夢を見たのだろう。何十回、この世界を救ったのだろうか。
毎度変わらない話の内容は、古の時代に封じられし邪悪な魔王に光の化身たる女神の生まれ変わりである暁の姫君が攫われたので助け出してほしいと王に乞われ、太古の賢者たち七人を集めて姫の救出と魔王の討伐に向かうというものだ。よくあるRPGそのもののストーリーである。当然のように勇者は我だ。
この一見壮大なストーリーを一晩で終わらせる。そのあたりはきちんとしているが。
「また仲間を集めて、魔王倒して、姫を助けに行くのか。いい加減めんどくさい」
いったい何度同じことを繰り返したと思っているんだ。最近のRPGはもっと攻略し甲斐があるぞ。最強装備のゆうしゃのけんとせいなるよろいとしゅくふくのかぶとがあればあっさり倒せるぞ。ぶっちゃけ盾もいらないくらいだぞ。
「我はもう疲れた。普通に穏やかな夢を見てゆっくりしたいのに」
思わず本音が漏れたとき、天から声がした。聞き覚えのある声だ。具体的に言えば、兄上の声。
「なんだ? もう飽きたって? お前、昔から我が儘だよな」
「その声は兄上? なぜ我の夢の中に――」
「ああ、もう夢ってバレてんのね。じゃあ隠す必要はないわけだ」
いつもの飄々とした兄上の声を聴き、我は一気に力が抜けた。それとほぼ同時に、RPGのコスプレをした兄上が姿を現した。強いて言うならば吟遊詩人のように見える格好をしていた。
「に、似合わない……」
「ほっとけ」
兄上はびしりと言った。
そして意図的に表情を引き締めるようなそぶりをみせて実際に真面目な顔をしたつもりなんだろうが、特にカッコいいとは思わなかった。
「なんで夢だって気づいちゃうかなあ……あのまま自分が勇者になったんだって思い込んで魔王倒してくれればよかったのに」
「最初は我かて姫を救わなくてはと本気になったのだ。しかし、何十回も同じ姫を助けに行く羽目にもなってみろ。いい加減に飽きる!」
何度も攫われる姫も姫だ。毎回助けに行くこちらの身にもなってみろ。
「まあ、言いたい気持ちはわからんでもないんだがな。こっちも仕事だから」
「仕事?」
そういえば、ここは我の夢の中なのだ。
人の夢の中で仕事も何もないだろう。
「実は俺、バイトしてるんだわ。中二病って日本じゃ実害は特にないけど、海外じゃかなり深刻な病でさ」
「我は初耳だが?」
「そりゃそうだろう。明らかになったら確実にパニックが起こる。お偉いさんだけで治療法を研究して、ある程度治療技術を確立できてから発表した方が余計な混乱を抑えきれるだろ?」
「ま、まあ、な。それもそうかもしれんが……」
「俺は最新技術で開発された他人の夢に介入する装置で、今お前の夢の中にいるってわけ。想像力あふれた夢の中ほど、治療に必要なエネルギーが集まりやすくてな。そういう意味ではお前の夢は実に有用なんだよ」
「そ、そうか……さすが我だ!」
すっきりしないものを感じつつ、兄上の言うことも特におかしなことは言っていないと同意する。それにもしかしたら、我はリアル世界を救う英雄になれるチャンスを得たのかもしれないのだ。
内心ドキドキしつつ、兄上の言葉を待つ。
「それで、我は何をすればいいのだ? 治療薬を調合するための素材を集めればいいのか? 魔王を倒せばいいのか? アイテムに聖女の祈りを込めてもらえばいいのか?」
「どれでもないさ。中二病の治療法っていうのは、さっきも言ったが、中二病患者の妄想力だ。自由で大胆な妄想をするときに脳が活性化することによって分泌されるホルモンを集めて――」
延々と専門的な話が続く。
門外漢の我にそんなことを言われても困る。医学のことなど知らないし、理科も苦手なのだ。
「まあ、とにかく妄想してくれれば、あとはこっちで特効薬を作るから」
「了解。どのくらい妄想すればいいのだ?」
「十四日かな。中二病患者の十四の夜分の妄想があれば、大勢の人を助けられる」
なんだ、たったのそれだけか。
拍子抜けした我だったが、兄上が「患者は世界中にいるんだぞ」と燃えることをいい、それで我のやる気はますます燃えてきた。
「我が世界を救ってやる!」
「……よし」
翌朝、目が覚めた我は最高に気分がよかった。
なんといっても、ただ夢を見ているだけで世界が救えるのだ。救世主になれるのだ。テンションが上がらない方がおかしいだろう。
我は名実ともに勇者というわけだ。
洗面所で歯を磨いていたら眠そうな兄上と鉢合わせした。まだ眠いのか、欠伸をかみ殺している。きっと、昨日のうちに仕事が終わらなかったのだろう。
ダメな兄上だ。我々の肩には世界中の中二病を救うという大義がかかっているというのに。
「お疲れさま。……兄上が昨日早めに部屋に戻ったのは、仕事のためだったのだな」
我はようやく納得した。いつも兄上が眠そうにしている理由に合点がいったし。
兄上も世界のために頑張っていたのだ。自慢の兄だ。
「ともに世界から中二病を根絶しよう!」
我がそう言って握手を求めると、兄上は「?」という表情をして首を傾げた。
「……何言ってんだ、お前?」
夜が明けると、頼もしかった兄上はただの普通の兄上に戻っていた。
しょうのない兄上だ。今夜もまた、我が代わりに世界を救うとするか。
中二病の夜明けは近い。
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