執筆応援企画SS集

神隠れ顛末記

 神隠しだ。
 いや、突然いなくなったとか、消息不明とか、そういう比喩じゃなくて。そのままの意味で。
 我らが女神さまがお隠れになった。これがホントの神隠し。……いやいや、言ってる場合じゃない。
 あたしはウズメ、アメノウズメ。女神さまにお仕えしている一柱である。その、お仕えしている相手が、この度お隠れになった女神、アマテラスさまだ。
 もはや説明不要なほど有名な方であるけども、ざっと説明すると、ここ高天原(神々が住んでいるところ)を治めるとても偉い方だ。三貴子のご長子、長女である。
 幸運にも、あたしはこのアマテラスさまに目をかけていただき、見に余る光栄な扱いを受けてきた。文句をつけたい奴や嫉妬深い奴にはしょっちゅう贔屓だのなんだの言われるけれど、そんなものを気にしていたら側仕えなど務まらない。中には「あんな我儘な方に仕えるなんて大変ね」なんて笑われるけど、あたしは今の境遇に満足している。
 アマテラスさまは大変しっかりした統治者であり、姉弟の長子としても責任感のある優しい姉でもある。今回はそれが祟ったのだ。
 端的にいえば、毎度の彼女の頭痛の種である末の弟、スサノオさまの我儘が原因である。
 前々から警戒はしていたのだ。いい年して下ネタで喜ぶ、お母さんに会いたいと泣きわめく、姉であるアマテラスさまとしては困ってばかりだった。あたしはずっとそばでアマテラスさまが困り果てているところを見ていた。それでも弟だからと、アマテラスさまはかばい続けた。
 しかし、今度の今度は腹に据えかねたのだろう。
 問題行動が多くても、被害が出ないならばまだ我慢できるし、周囲を宥めることもできる。実際そうしてきた。
 けれども実際に死者が出てしまったときは、どんな言い分も通じない。
 言っても聞かない弟の言動に呆れ果て、絶望したアマテラスさまは引きこもった。天岩戸に。文字通り、神が隠れ、太陽の輝きは失われてしまった。太陽神が隠れてしまったのだから当然だ。
 困ったのはスサノオだけじゃない、アマテラスさまの側近の方だった。なぜやらかした奴は大して困らないのか、なんとも理不尽なことだが。太陽が隠れ、我々神々は困り果てた。この世は闇に閉ざされた。世界の終わりだ。太陽のない世界なんて、どうやって明日を迎えたらいいのか。
 ……まあ、正直あたしはそこまで困っていないのだけど。
 親しい神しか知らないことだけど、アマテラスさまは扱いが難しいのだ。繊細で敏感といえば聞こえはいいかもしれないけど、それはつまり、ちょっとのことも気にするし、わずかなことが気にかかる性分ということだ。言い方が気に入らないだけですぐ機嫌が悪くなる。気分がいいときはそのまま持ち上げておけばいいけども、調子の悪いときはいつまでも引きずる。もうちょっとでも鈍感で大ざっぱならいいのに。
 この面倒な人柄を知っているのは高天原でも限られるので、一般の神々は偉大な女神さまがお隠れになったという事実に凹んでいるというわけだ。
 あたしが思うに、アマテラスさまはようやく手に入れた一人の時間を存分に満喫しているのだろう。煩わしい雑務に追われることもなく、めんどくさい人間関係に悩むこともなく、頭の痛い弟のことを考えることもなく。ゆっくり羽を伸ばしているのだと思う。
 日頃の憂さ晴らしとばかりに溜め込んだ宝物鑑賞とか、存分に妄想を爆発させたりとかしてるんだろうな。鏡で外界の映像をぐうたら眺めたりとかね。
 なんといっても今回の非は問題行動を起こした弟にあるのだ。当の本人が特に悪いという態度をとらない限り、被害者として傷ついた顔をしていても咎められない。引きこもりの大義名分を得たのだ。
 いいなーアマテラスさま。あたしも引きこもりたいなー。
 そんな本心を押し殺し、人前ではあたしも深刻な顔を作る。アマテラスさまがいないと困るのは事実だし。
「アマテラスさまはどうしたら出てきてくださるのだろうな」
「さぁ……スサノオ様にはいつも困ってばかりだったからな」
「姉君様も大変なのですね……」
 世間はすっかりアマテラスさま同情論一色だ。
 そりゃ、あたしも同情はしてますよ。自分があんな弟を持っていたらたまったものじゃないもの。真面目な人ほど追い込まれやすいのよね。
「けど、だからといっていつまでもこのままというわけにもいかんでしょ。そうでしょう?」
「まぁ、それはそうなんだけど」
「ずっとこもりきりになるほど辛いのでしょうし」
 そうなのよね。繊細な方だからね。ぶっちゃけ、癖のある神々をまとめ上げるより、ひとりで引きこもってる方が性に合ってる方なのよね。
 あたしはうんうん頷く。もうさ、このまま諦めちゃえば? 嫌だって言ってる相手を無理やり引きずり出すのもどうかと思うのよ。アマテラスさまのことは心配だけど、もう立派な大人だもの。自分の機嫌は自分でとるのが大人ってものでしょ。
 などということを考えながら耳を澄ませていると、これぞ妙案だという得意げな声が聞こえた。
「引きこもるより楽しいことがあれば、出てきてくださるかも」
 周りで話し合いしている声がやんだ。
 そして集まっていた神々は一斉にあたしを見た。これは、何やら雲行きが怪しくなってきてない?
「……ええっと、なんでございましょう?」
 アマテラスさまには同情しているあたしだけど、案がないわけじゃない。伊達にアマテラスさまと親しいわけじゃないし。何が好きかとか何がイヤかとか、そういう嗜好は存じている。
「ウズメ、そなたはアマテラスさまと親しいのだったな?」
「は、まあ、ええ。親しいというのは恐れ多いですが……光栄なことに可愛がっていただいております」
「このままでは高天原はおしまいだ。どうにかして引きずり出してはくれまいか?」
 偉い神様に向かって、「引きずり出す」と来たか。まあ、困ってるのはあたしもそうではあるけれど、そこまでやらなきゃいけないのか。
「そなたかて、アマテラスさまがいないと寂しいだろう?」
 その一言には含みがあった。
 そりゃ、アマテラスさまがいないと寂しいですよ。けど、あんたが想像してるようなことはありませんからね。可愛がっていただいてるけど、あんたらが思ってるような扱いじゃないからね、好色おやじどもが。楽しいことを催して向こうから出てきてもらうという案ならば、あたしならもっと効果的なことができる。
「――わかりました。あたくしに案がございます。みなを集めて祭りを開くのです」
 ああもう、わかりましたよ、わかりました。
 アマテラスさまを岩戸から引っ張り出せばいいんでしょ。あたしはアマテラスさまの好きなものを知ってますから。誰よりも詳しいですから。
「祭りを開きましょう」
「祭り?」
 集まっていた神々はそろって首を傾げた。


 静かだ。
 岩戸の中に引きこもるようになって、どれくらいの時が経ったのだろう。もう数年経ったのか、それともほんの数時間しか過ぎていないのか。
 まあいい。
 予期せずまとまった休みが取れたのだ。ここは大人しく好きなことを好きなだけやって引きこもっていよう。
 なんといってもわたしに責はないのだ。悪いのはいつも問題ばかり起こす弟だ。末っ子だからって、いつもいつもいっつも、好き勝手、何をやっても許されてきた。わたしは長子だからって常にその責任を取らされてきた。いい加減ウンザリだ。
 わたしの目の前にはこれまで献上されてきた美しい宝が山積みになっている。他には一般ピープルには到底眼にすることができない貴重な書物。国内では手に入らない貴重な材料を使った鏡には世界中の出来事が映し出されている。
 引きこもってもすることがないからすぐに出てくるだろう。みんなはそう思ったかもしれないが、甘い。わたしのような者にはどんな時でも楽しみを見つけることができるのだ。楽しみがないとでも思ったのか。ほんと甘い者たち。
 まあ、ウズメに会えないのは寂しいけど。
 彼女と一緒に引きこもったらきっともっと楽しかっただろうに。
 そう思って、ちょっとだけ寂しくなったとき、急に外から賑やかな音が聞こえてきた。何?
 気になって薄くなってる場所に行くと、それはどうやら祭りの賑わいなのだとわかった。神々の笑い声、楽し気な楽器の音、歌のようなものも聞こえてくる。
 なにこれ?
 最高神差し置いて、何を盛り上がってるの?
 ちょっとイラッとしてきたとき、とどめとばかりに男神の太い声が響いた。
「いいぞーもっと脱げ!」
 は? なにそれ?
 なに女神もいるのにストリップなんて始めてんの? なんなの? 
 ここは神聖なる高天原だってのに。ねえなんなの?
 混乱してきたけど、次に聞こえた一言で更にわたしは混乱する。
「ウズメ―!」
 は? ウズメ? あの子がやってんの、これを? 
 何やってんのよあの子は。人前で脱ぐなんて何考えてんの。だって、ウズメはわたしの――
「ウズメーっ!」
 たまらなくなって、わたしは岩戸から飛び出した。
 夢中だった。ウズメの白い肌が野蛮な奴らの前で、と思うとたまらなかった。
「ウズメ、ウズメっ!」
「ようやく出てきてくださいましたか」
 安心したように半裸のウズメは微笑んだ。
 周りの神々はしんと静まり返っている。わたしはウズメに抱き着いた。しばらく触れることのなかったぬくもりに安心する。
「なんでこんなことをするのよ!」
「こうでもしないと出てきてくださらないでしょ?」
 そうなんだけど……けど、ウズメがどうしてもってお願いしてくるなら、やぶさかでもないのよ。なのに、ウズメはいつもわたしのことなんて興味なさそうじゃない。いつもつれないじゃない。
「……意地悪ね。いつもそうなんだから」
「本当に意地が悪いのはどちらでしょう? あたしのいうことなんて聞かないじゃないですか」
「それは!」
 ウズメは人気者だから。たとえ最高神だろうがあなたのことだけはままならないから。だから、わたしの方も、ついつい意地を張っちゃうんじゃない。全部わたしのせいにしないでよ。
 そんなこと、この場でぶちまけるわけにもいかず、わたしは黙ることしかできない。
「……」
 周囲は歓喜の声に包まれている。彼らにとっては、わたしがここに存在することだけが重要らしい。わかっていることだった。どんなに頑張っても、長子として自覚を持っても、この連中は当たり前と見做して褒めてはくれないのだ。
「あたしがいますよ」
 そんな状況なら、自分のことを見てくれる相手に縋り付いてもしょうがないじゃない。
 あたしはウズメの肩に顔をうずめた。そっと頭を撫でてくれるウズメの手は優しかった。
「久しぶりに会えたのだから、今日は二人で過ごしましょうか。嫌ですか?」
「ううん。嫌じゃないわ」
 周囲はよく、わたしがウズメを可愛がっているという。わたしの方がウズメに目をかけているという言い方をする。
 実際は逆だということは、当の本人たちだけが知っていればそれでいいのだ。
 わたしはそっと、ウズメの手に自分の手を重ねた。
 今日の夜は長くなりそうである。
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