執筆応援企画SS集

そんなに黄色が嫌いかよ

 僕は黄色が嫌いだ。
 正確にいえば、黄色い花が嫌いだ。
 なのに、僕の名前は「きいろ」という。「奥村きいろ」、それが僕のフルネームだ。
 奥の村が黄色いみたいな、どこかのどかな感じがするかもしれない。たしかにそれなら、なんとなく静かで豊かな村という感じだ。実り豊かな秋の風景が頭に浮かぶ。
 ほのぼのしてていい名前じゃないか。名前を付けた親はなかなかいい趣味をしている。
 ……とかなんとか、幼い頃から親戚の伯父さん叔母さんに言われてきた。
 それでも、本人が嫌っているんだから意味がない。
 名前をつけたうちの父はサラリーマン、母は華道の先生をやっている。
 サラリーマンは特に説明不要だろう。その辺にいるスーツを着て会社勤めをする人だ。母の華道はそれほど本格的じゃない。カルチャーセンターで主婦を生徒に教えている趣味の範囲のものだ。週に一度、暇を持て余した女性たちが集まって、おしゃべりをしながら剣山に花を生けている。
 ただ、その手の芸事に手を出す人の例に漏れず、母は花が好きだ。軽く数百種類はさらっと名前が出る。花の曰く、花言葉も空で出てくるくらい好きなのだ。
 母の趣味で、我が家の食卓には毎日花が飾られ、替えるたびに花の蘊蓄が出てくる。
 そんな母なのだが、なぜか息子の名前を付けるときに考えが及ばなかったらしい。
 花に詳しい母ならば当然知っていたはずなのに。
 黄色い花にはよくない意味の花言葉が多いということを。
 そのよくない意味の花言葉が多い色である「きいろ」が僕の名前なのだ。
 嫌いなのも仕方がないと思う。
 たとえば。
 「愛の告白」、「情熱」、「純潔」、花の女王に相応しい薔薇。
 「母への愛」、「純粋な愛」、「誇り」、「気品」、母の日の定番にぴったりのカーネーション。
 「純粋」、「威厳」、「華麗」、どこか格調を感じさせる凛とした百合。
 他にも素晴らしい意味を持つ花は数多い。古くから贈り物として愛されてきただけのことはある。
 が、この色が黄色になっただけで、意味は一気にネガティブになる。
 「嫉妬」、「軽蔑」、「偽り」、「落胆」、「憂鬱」、「困難」、「絶望」、「悲哀」……
 ざっと並べてみただけで一気に憂鬱になるラインナップだ。これらはすべて黄色い花の花言葉である。定めた奴はどれだけ黄色が嫌いなんだ。
 そんな後ろ向きな意味の名前だからか、僕は一度も彼女ができたことがない。
 十六年間生きてきて、ただの一度もない。黄色に呪われているとしか思えない。
 僕はこのままずっと彼女なしで生きるのだろうか。虚しすぎるだろう。きいろだって可愛い彼女がいたっていいはずだ。
 ……と、昨日までの僕は思っていた。
 昨日までは。
 そう、今日になってちょっとだけ変わったのだ。
 うちの高校の同じクラスに転校生が来た。可愛らしい顔をした女子で、名前を「アオ」という。「アオ」だ。
 「きいろ」と「アオ」が混ざたら、「緑」になる。それだけでかなり違う。
 きっと、たぶん、もしかしたら、彼女とお付き合いすることができたら僕のこの貧相な人生も明るくなるかもしれない。ずっとコンプレックスだったこの名前も少しは好きになれるかもしれない。いいことが起こるかもしれない。
 好都合なことに、その「アオ」さんの母親はカルチャーセンターで華道を習うつもりらしい。どこかいい教室はないか、クラスメイトに訊いているのを僕は耳にしていた。
 今日ほど母の職業に感謝したことはない。
 親同士の交流から子供同士にも交流が生まれることは珍しくない。よくあることだ。
 僕は意を決してアオさんに母の華道教室のことを伝えた。彼女はさっそく自分の母親に話してみると言っていた。
 やった!
 初日の話題作りは成功した。あとは母が彼女の母親と親しくなれば、おまけとしてでも僕はアオさんと話ができる。どんな話をしようか? やっぱり花好きの母親の娘なんだから、花の話題か? どんな花が好きなんだろう? 花言葉も教えてあげよう。それから……
 僕は久しぶりに前向きな想像をして、そのまま眠ってしまった。
 翌日になって、アオさんに話しかけた。
「おはよう」
「あ、おはよう。お母さんに話してみたよ」
「どうだった? あのカルチャーセンターなら近くだし、通いやすいでしょ? この辺にも通ってる人は多いんだよ。近くにショッピングセンターもあるし。お茶も飲めるし」
「う、うん……ちょっと受講費がお高いから、別のところにしようかなって」
「え? いいところなのに? なんで? どうして? 昨日話してたじゃない」
「ごめんね……」
 なんだ、やめるのか。
 がっかりだ。
 こんなに凹んだのは久しぶりだ。アオさんも申し訳なさそうに眼を逸らしている。彼女も僕と話がしたかっただろうに。
「やっぱり、僕の名前がよくないのかなぁ」
「……名前?」
「そう。ほら、僕の名前って『きいろ』だから。黄色い花ってあまりいい意味がないんだよね。子供のころからずっといいことがなくてさ。やっぱり名前って大事だよね。名は体を表すっていうし」
「そうなんだ……」
 話に出したらまたむかむかしてきた。
 僕はそのままいつもの話をした。彼女にこの話は初めてだからか、ただ黙って聞いてくれた。
「――黄色いマリーゴールドなんて、絶望に悲哀だよ? そんな意味のある花なんてもらっても嬉しくもなんともないじゃないか。君もそう思わない?」
「……」
「ちょっとは考えて名前つけてほしいものだよ。きいろなんてさ。なんでも、裏切り者が着てた服の色とかなんとか。黄色い服着てる奴が全員裏切るとは限らないじゃないか、ねえ?」
 気づいたら自分のペースでしゃべり続けていた。アオさんは黙って聞いていてくれた。
 やっぱり、すごくいい子だ。
 今までこんなに熱心に僕の話を聞いてくれた子なんていなかった。
「そうかもね。たしかに黄色い花の花言葉ってあまりいい意味を聞かないね」
「だよねー」
「だけど、『きいろ』って名前だからって、悪いことが全部そのせいって決めつけるのもおかしいんじゃない?」
「え?」
 アオさんは僕の話を聞いたうえで、静かに反論した。
 こんなことは初めてだ。というか、そもそも女子とこんなに会話が続いたのも初めてだ。
「そういう決めつけって、黄色い服を着てるから裏切るって決めつけるのと同じことじゃない?」
「……」
 言われてみれば、そうかも。
 反論できず黙っていると、アオさんは続ける。
「そもそも花言葉って西洋のものでしょ。日本とは価値観が違うんだから、いちいち気にしてもキリがないでしょ」
 だから気にしないで。
 アオさんはそう励ましてくれたんだろう。なんていい子なんだ!
「あ、アオさん……」
 このまま告白してしまえ。
 僕のことをここまで好意的に見てくれた相手なんて、母親以外では初めてだった。
 きっと彼女は僕のことが好きだからここまでフォローしてくれるんだ。
 そうに違いない!
 僕はそのまま抱きしめようとした。
 が、アオさんは一瞬でよけた。すさまじい形相でよけた。
「黄色いチューリップ」
「え?」
「花言葉は知ってるでしょ? 私はあなたに黄色いチューリップを贈りたいです」
 ついさっきまでの穏やかな表情が嘘のように、アオさんは引きつった笑みを浮かべていた。
 黄色いチューリップの花言葉。
 知らないはずがない。なにせ、黄色い花言葉は僕がイヤというほど忘れられないものだから。
 望み無き愛。
 それはずっと僕が自覚してきた言葉だから。
 僕はそんなに魅力がないのだろうか。
 イケメンではないけど、シャツは三日に一回は洗濯してるし、風呂は三日に一回は必ず入っているし、歯も一日に一度は磨いてるし。
 ……何がダメなんだろうか?
 やっぱり、きいろは嫌われる定めなのだろうか。
 そんなに黄色が嫌いか。
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