執筆応援企画SS集
ひなちゃんと雨の日のはなし
ぴちゃ、ぽつ、ぽつぽつぽつ
ひんやりした水の匂いと音で、ひなちゃんは目が覚めた。
まだ目の前がぼんやりしてるので自然と目のあたりに手が動く。ごしごし、ごしごし。
これでよく見えるようになった。
「おはよう、よく眠ってたね、ひなちゃん」
「うん」
お母さんが赤ちゃんのおしめを替えながらひなちゃんに笑って見せた。生まれたばかりの赤ちゃんはまだまだお母さんにべったりだ。赤ちゃんだからしょうがないけど、おかげでお母さんは全然ひなちゃんにかまってくれない。
「俊ちゃんもキレイキレイしてすっきりだねえ」
明るくお母さんは言うけど、前より疲れた雰囲気だ。
ずっとひなちゃんの弟だという赤ちゃんにつきっきりでいるから疲れてるんだろう。たまにお祖母ちゃんが面倒を見てくれるけど、お母さんが一番大変だ。
けど、今日は雨だ。
「お母さん」
「うん?」
「今日は雨でしょ?」
「そうだね」
表情は変わってないけど、ちょっとだけ嬉しそうに見える。ひなちゃんはお母さんのことをずっと見てるから違いがわかる。年少さんでも「違いの分かるおんな」なんだ、ひなちゃんは。
「お買い物行こうよ!」
我が家のお約束。
雨の日はひなちゃんひとりでおつかいに行かない。地面が滑るし、前がよく見えないから、必ずお母さんと一緒じゃないと外に出ちゃダメ。
他の子のおうちでもお約束はあるだろうけど、うちに赤ちゃんという新しい家族が来てから自然とできた約束だ。
雨の日は一緒に住んでるお祖母ちゃんに赤ちゃんを預けて、ひなちゃんとお母さんがふたりで買い物に行く。お母さんもいい「きぶんてんかん」になるからって、お祖母ちゃんも賛成してくれてる。
「行こうか」
ひなちゃんはひなちゃんでお母さんを独り占めできるし、お母さんはひなちゃんを独り占めできるし、お祖母ちゃんは赤ちゃんを独り占めできるし、赤ちゃんはお祖母ちゃんを独り占めできる。
とっても、ないすなお約束なのだ。
お母さんが準備を始めたから、ひなちゃんもお気に入りの傘を出す。
ひよこちゃんみたいな黄色に、大好きな魔法少女の絵が描いてある。おねだりして買ってもらったんだ。
雨の日にしか使えないものだけど、こういう時におしゃれするのが本当のおしゃれなんだ。
「お義母さん、ひなと買い物に行ってきますので、俊をお願いします」
「はいはい。ひなちゃん、お母さんとお出かけうれしいね」
「うん!」
玄関に来たお母さんと一緒にドアを開ける。
いつもは赤ちゃんにお母さんを譲っているんだから、たまにはひなちゃんだってお母さんを独り占めするんだ。
今月はやけに雨の日が多い気がする。よく覚えてないけど、去年も似たようだった気がする。
雨が多い月なんて、ひなちゃんにご褒美をくれてるのかな?
いつもお母さんを赤ちゃんに譲ってあげて偉いねって、神様がご褒美をくれたのかな?
「ひな」
そんなことを考えてると、お母さんが不意に話しかけてきた。
「なーに?」
「おんぶしてあげようか?」
「なんで?」
いつもはひなちゃんがおんぶしてって頼んでも「お姉ちゃんなんだから」っていうのに。
それにもう、ひなちゃんはおんぶが欲しいほど赤ちゃんじゃありませんよ。
「いつも我慢してくれるから。お母さん、とっても助かってるのよ」
「助かってる? ……好きってこと?」
特にお手伝いしてるわけじゃないのに褒められるなんて照れちゃうよ。
でも、まあ、こうしてお母さんとお出かけできるのはうれしいから。
「手、つなぐ」
この頃すっかり赤ちゃん抱っこ専用になったお母さんの手が、ひなちゃんは欲しい。
お母さんはちょっとくすぐったそうな顔をして手を伸ばした。
「手をつなぐだけでいいの?」
「うん。ひなちゃんはおとなだから」
だから赤ちゃんみたいにちょっと雨に濡れただけで泣かないし、雨の日が楽しみなんだから。
すごいでしょ。
ひなちゃんはにっこり笑ってあげた。
あーあ、雨の日が続かないかな。
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