執筆応援企画SS集

定番の入れ替わりトリックを使ってみよう!

 殺ってしまった……!
 力を込めた右手には血の触感がある。間違いなく、これは現実だ。
 こんなつもりなんてなかった。
 私は頭を抱えた。
 ほら、凶器だってこの辺にあった謎の置物だし。ちゃんと計画して殺ったんならもっとちゃんと推理小説みたいにアリバイ確保して、トリックを練って、しっかり予定を立てて実行するだろうよ。誰だってそう思うだろうよ。
 だから、これはあくまで衝動的に起こった出来事なんだ。
 私が悪くないなんてのたまうつもりは毛頭ないけど、情状酌量くらいはあってもいいものだ。
 というより、なぜ私が悪いということになるのだ。
 元はといえば過去の過ちをネタにちくちく揺すろうとするこいつが悪いんじゃないか。
 これは陰謀だ。私は嵌められたんだ!
 子供のころのちょっとしたやんちゃがそこまで悪いこととは思えない。一般人ならさらっと流してそれで済むことだ。不幸なことに、私はその一般人とはちょっと違うから大事になるだけだ。現在人気が出てきたアイドルだ。
「……」
 ぐるぐると様々な考えが頭を巡ったが、ようやく落ち着いてきた。
 冷静になって事態を整理する。
 足元で倒れているのは、幼い頃からの顔見知り兼マネージャーの男。本名は実は知らないからあだ名で呼んでいた。愛称「ケンちゃん」。大柄で殺しても死ななそうな、丈夫なだけが取り柄の体力バカ。
 長い付き合いなだけあって、こいつは子供のころから私のことをよく知っている。おかげで余計なことまで詳しいのは誤算だった。そのせいで今回しなくてもいいことをする羽目になった。そう、殺人だ。
 正直、自分が殴った相手をじっくり観察するのは気味が悪いから、本当に死んだのかどうかなんて確認はしていない。けど、この傷では助からないだろう。出血もすごいことになってるし。
 このケンちゃんは「話がある。昔の君のやんちゃについてだ」と私を呼び出していた。なんでもないことのように笑いながら。その態度はいつもと何ら変わらなかった。けど、私は警戒した。
 昔のやんちゃといえば私の心当たりはあれしかない。間違いなくアイドル生命が終わるあれ。
 具体的に言うのは想像の中だけでも憚られるから、ご想像に任せるが。はて。私は誰に言っているんだ?
 それをばらされてはたまらないと、私はスケジュールをすべてキャンセルしてここにやってきた。そしてケンちゃんが焦らすように話し出したからカッとして……それで、置物で殴った。
 幸いなことに、今日の私の予定を知ってるのはごく一部の人だけだった。今日入っていた仕事はそれほど多くないし、重要なものでもない。これならば少しはアリバイ工作のハードルが下がるのではないか。
 予定をキャンセルしたのは別の用事が入ったから、急な取材が入ったから。
 そのように帳尻を合わせることができればなんとかなるのではないか。
 私はアイドル。誤魔化すために演技することくらいはどうということはない。まだ演技の仕事は入ってきたことはないけど、一般人よりはましだろう。
 そこまで考えたところで、私は強力な切り札があることを思い出した。
 実は私は双子だった。
 しかも都合のいいことに、大人しくて内気で引っ込み思案な地味な妹がいるのだ。
 幼い頃「よく似ている」だの、「そっくり」だの、「生き写し」だの言われるくらいに似ている妹。似ているのは見た目だけで、積極的で好奇心旺盛の私とは真逆の性格の妹。これは僥倖といってもいいのではないか。
 入れ替わって、私が妹に成り代わってしまえばいいのだ。
 妹は友達も多い方ではないから、もし警察が事情聴取に行ったとしても、「いつものように家で読書していました」なんて答えれば確かめようがない。ちなみに、うちは妹と私の二人暮らしだ。防犯設備がしっかりしたマンションに二人きりだ。
 この場に呼び出して、妹に私の格好をさせて罪をかぶせる。そして口封じした後、私は妹に成り代わる。うん、悪くない。いける。
 よく推理小説で出てくる双子トリック。定番のそれを自分の手で実行することに、私はどきどきしてきた。
 まずは妹を呼び出して始末して、そのあと私は妹の服を着て妹に成り代わる。
 そのまま妹の人生を乗っ取る。どうせ地味な人生しか送らない妹だし、今死んでも特に悔いもないだろう。
 私はそこまで考えて、妹のスマホに電話を掛けた。
 どうやらどこかに電話していたらしく、一度コールしたとたんに妹は出た。
「もしもし、真実? ああ、うん、私だけど――」


「急に呼び出すから何かと思ったじゃない。どうしたの、真理?」
 三十分後。
 私にそっくりの双子の妹は、慌ててタクシーを呼んで駆けつけてくれた。心配そうに私の顔を見上げてそう言った。
 もうすぐお別れだというのに、こんな時に限ってこの妹がとても可愛らしく見えた。
「実は困ったことになっちゃってね。ケンちゃんが倒れちゃって……」
 倒れたんだ。私はただ置物を使ってじゃれただけ。倒れたのはあいつの方だから。
「えっ? 大丈夫なの?」
 やっぱりこの妹――真実は心配そうに眉を顰める。人の心配より自分の心配の方が大事なんだけどね。
「大丈夫じゃないから困ってるんだよ。……真実は私のこと好きだよね?」
「なに、いきなり?」
「ケンちゃんより私の方が大事だよね? 赤の他人より、血のつながりのある相方の方が大切だよね?」
 ここでようやく、妹は何かに気づいたようにはっとした。
 冷めた目で私を見上げてくる。
「……真理、まさか」
「おまえにしては察しがいいじゃない。そう、たぶん想像通りだよ」
「私を殺して、私に成り代わろうっていうの? そんなの無理に決まってるじゃない」
 やけにすんなり話が進むことに若干引っかかったが、ここで時間を食うのは得策ではない。
「無理じゃない」
「ほんとうに?」
 やっぱりこの妹は何も知らないんだ。
 親子とも、兄弟ともちがって、双子っていうのは遺伝子情報も同じらしい。もちろん外見もただの親子や兄弟とは違って、似ていることが多い。
 ミステリで双子の入れ替わりがしょっちゅう出てくるのがその証拠だ。
 赤の他人や兄弟と違って、双子が入れ替わるのはメリットがある。
 そのことを私は冥土の土産とばかりに説明してやった。余計な質問は挟まず、この妹はただ黙って聞いている。
「――そういうことだよ。DNAも同じなんだから、入れ替わっても支障はないわけだ」
「……」
 妹は嫌悪を隠さない。気のせいか、その表情にあからさまな侮蔑が混じっている。眼には蔑みの色。私はそんな眼で見られる覚えなんてないのだが。
「……真理ってさ、」
 どこかうんざりしたように妹は言いかけた。
 しかし、ここで黙っていてもらちが明かないとでも思ったのか、再び口を開いた。
「馬鹿だよね」
 呆れ果てたように真実は吐き捨てた。
 ……は?
 こいつ今なんっつった?
「もう一度言ってあげようか? 馬鹿!」
「はぁ?」
 言うに事欠いて、何を言い出すんだこいつ。
「昔から馬鹿だ馬鹿だ、救いようがないって思ってたけど、可哀想だから言わなかったのに」
 大げさにため息をついた後、妹はできの悪い生徒に説明するかのように語りだした。
「まず、お世話になってるケンちゃんさんに襲い掛かってるのが馬鹿。そして、生きてるかどうか確かめないのもバカ。ケンちゃんはただ額を切っただけだって。今病院で治療受けてるよ」
「はぁぁぁぁ? なんだよアイツ! 生きてるならそういえよ!」
「加害者が何言ってんの?」
 苛立つ私に、真実は冷静に突っ込んだ。
 そこにこだわっていても仕方がないとばかりに、更に続けた。
「それに、私と入れ替わろうって考えたのが一番馬鹿なところよ」
「どこがだよ?」
 苛立って男口調になってしまう。
 いけないいけない、アイドルのさわやかなイメージが台無しだ。
「いくら中性的な顔してるからって、男が女に成り代わって一生を過ごすって、なんでできると思ったの? それが最大の謎なんだけど?」
「行けるだろうよ! 今時珍しくもなんともないだろ?」
「成り代わるっていうのはそんなに簡単なもんじゃないわよ」
 生物学的な性別なんてなんてことないだろう。公的に認められる世の中なんだから。いざとなったら手術で何とかなる。手術したと言い張ってもいいし。
 そう反論しようと思ったが、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。まさか……
「ここに来る前に警察に通報しておいたのよ。あの誠実なケンちゃんが兄さんを呼び出すって言ったときから嫌な予感してたのよね。兄さんがさっき電話してきたときの声の調子で、『こりゃ何かあったな』って思ったから。念のために今までの会話も録音してたんだけど、よくしゃべったわね」
 そりゃなにか? 今まで私がしゃべったことも全部録音されてるって?
 立派な証拠じゃないか!
「……てめぇ! このダメ妹が!」
「ダメ兄に言われたくないわよ!」
 口論を始めたら止まらなくなってしまった。この隙に逃げられたかもしれないのに。
 そういえば、昔から口喧嘩となるとこの妹は別人のように口が達者で毒舌だったっけ。
 ……そのことを思い出したのは、パトカーの中だった。両隣には、こわーいお兄さん。
 現実に双子入れ替わりトリックが実行されないのにも理由があったんだな。
 大きなため息を吐きながら、私は痛感した。
 私って、馬鹿だ。
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