執筆応援企画SS集
結婚しないと出られない部屋(夏樹サイド)
「しようよ」
もう何度このフレーズを聞いただろうか。
その度に、俺は同じ返事を返す。
「ダメだ、いやだ、したくない」
かなみは本当にわかっているのだろうか。
俺がどんな気持ちで拒絶しているのか、なぜこんなことを言っているのか。
どれだけ頑張って冷たい態度を貫いているのかを。
「絶対にしない。あり得ないから」
こいつが痛々しいほど無理して雰囲気を出そうとしているか、俺には辛くなるくらいわかる。
首筋に腕をからませて来たり、何かにつけて密着してきたり、行きすぎなボディタッチをしてくる。どこで習ったのか、上目遣いでこちらを見上げてきたり、ちょっと気を抜くとキスしようとしてきたり。
まあ、どれだけ頑張ってもその気になるはずがないのだが。
いくら好きな相手とはいえ、小学生の外見の少女相手にその気になったら、そいつは相当やばいと思う。
「もう! 昔はもっと優しかったのに! 毎日好きって言ってくれたのに! 好きな相手としたくなるのが結婚ってものじゃないの?」
もっともだ。その通りだ。お前の言うとおりだ。
ずっと一緒にいたいから、きっと人は結婚するのだろう。
「いい加減ここから出たいでしょ? 私だって出たいもん。だから、結婚しよ?」
「しない。絶対しないからな」
「……もう」
可愛らしく唇を尖らせてもダメだ。
俺たちは二人きりで閉じ込められている。
よくわからないが、俺たちが結婚すれば出られるらしい。なんだそれ。当事者である俺たち自身が一番わかっていない。
とにかく、俺たちをここに閉じ込めた何者かは、俺たちを結婚させたくて仕方がないらしい。
「ここから出るには結婚しかないの! いいじゃない。私たち、仲良しの幼馴染なんだから。フィクションでも定番よ? なんだかんだで相性がいい属性だから、ああやってくっつくんじゃない」
創作の世界と現実をごっちゃにされても困る。
実際好きなのは間違ってないが。
「仲のいい幼馴染は結婚しないといけないのか? そんな決まりでもあるのか? ……俺だって結婚相手くらい選びたい」
できれば同年代の姿なら、まだ可能性はあったかもしれない。
「どういう意味よ!」
やっぱりわかっていないらしい。
どういう意味かって? 鏡見てくれ。
幼い頃から数少ない同年代の友達だった。人口の少ない村だったから、どうしても遊び相手は限られる。大抵俺とかなみは二人きりで遊んでいた。
ありがちだが、いつしか誰よりも好きな異性になっていた。大きくなったら結婚しようと口癖のように語り合うくらいに。
ああ、そうだ。
俺はお前が大好きだよ!
他の相手なんて考えられないくらい大好きだ、愛してるなんて言葉は言うまでもない。俺がお前のことを好きだというのは、朝も夜も必ずめぐることと同じくらい当たり前だ。
俺はお前がいないなら世界なんていらない。お前がいるから世界はいいものだと思うんだ。
そのくらい惚れてる相手に手が出せないって、どれだけ地獄かわかるのか?
『結婚しないと出られない部屋』
よくわからない。いや、まったくわからない。
俺への嫌がらせか? 国家的な陰謀か?
なんでこんなに俺のトラウマを抉ってくるんだ。
「結婚しよ」
ずい、と迫られる。
その度に俺は必死に自分に言い聞かせる。
結婚したい、けどできない。
こいつに言い寄られるのはうれしいが、俺は決してその気持ちに応えてはならない。
食事ものどを通らなくなり、自分でも痩せてやつれてきたのがわかる。
心配そうにこいつは俺を見上げる。心配しすぎて、こいつの方が苦しそうだ。
「ねえ? 結婚しよ?」
「ダメだ、いやだ、したくない」
いけない……こんな悲しそうな顔をされたら本当のことをしゃべってしまう。
顔を逸らせてもしつこくこちらを見る。
「でも、一生ここにいるの? いやじゃないの?」
「おまえと結婚するよりよっぽどいい」
本心だ。
「……意地悪」
大好きなのに、拒否しなければならない俺にさらなる追い打ち。心が弱る。
けれども冷酷になれない。
俺はこいつが大好きだから。
「いいよーだ! 勝手に婚姻届けにハンコ押しちゃうから」
「ダメに決まってるだろ……」
それで受理されたら、それはそれで相当やばい話だ。
……ダメだ、意識が朦朧とする。
目の前が暗くなる。
もう、考えられなくなる――
「……お願いだから、結婚してよぉ」
「……」
「私はしたいよ。でも今は私の気持ち以上にあなたが心配なの。ここから出て病院に行こう? ねっ?」
「そんなに……俺としたい?」
俺は、もう観念した。
「うん」
昔と変わらないお前。
すっかり成長してしまった俺。
「わかったよ。おまえには負けた」
本当に不本意だ。
嫌すぎる。
最愛の相手との別れが、よりにもよってこんな、他人に流された舞台だということが。
こんな結果になるのなら、再会した時に自分の意志でしていればよかった。
うれしそうな顔をしているかなみだけが唯一の救いだ。
ウェディングドレスも、新婚旅行も、それ以前に式もない、形式だけの結婚。
「ねえ、好きって言って? 愛してるも言ってほしい」
「……かなみ、大好きだ。愛してる」
「――」
何かを言った。
けれど、俺には聞き取れなかった。
まばゆい光に包まれて彼女は消えた。跡形もなく。
最後に一度だけ抱きしめようと伸ばした腕は、空しく空を切った。
「……だから嫌だったんだ」
彼は彼女のいた場所に残された指輪を拾った。
安物の、飾り気なんて何もない指輪。何もしてやれなかった。できたことといえば、結婚しただけだ。
なのに幸せそうだった。
「あいつ、自分が死んでることも知らなかったんだな。昔からバカだった」
子供のころに、珍しく家族で旅行に行った日に。事故で死んだんだ。余程の心残りがあったのか、少女の姿のままで俺のそばに現れてくれた。自分の死は知らずに。
事実を伝えれば結果は変わったのかもしれないが、二度と会えない相手が帰ってきてくれたのだ。いつかは別れるのならば、無理に伝えなくても構わないだろう。そう思ってしまった。心残りがなくなったら、成仏してしまうのだろう。二度も別れるのが怖かった。
そのまま数年の間、彼女は俺と同じように成長しているのだと信じていたのだろう。壁をすり抜けられることに疑問すら感じずに。
望みをかなえたら成仏してしまう、だから絶対に結婚なんてしたくなかった。
ずっと一緒にいたかったから。
「バカ……」
結婚して永遠に分かれるか、永遠に結婚できずに一緒にいるか。
どう転んでも俺には悪い結末しかなかったんだ。
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