執筆応援企画SS集

告白の3乗

「あんたなんて大っ嫌いよ!」

 大好きな相手に、おそらく好意を持たれているであろう相手に、間違いなくOKだろうと思っていた相手に、告白した。
 返事はこれ。断られるとしても、もっと柔らかい言い方をするだろうと思っていたのに、ストレートに「大嫌い」。
 俺の気持ちはなんとも複雑なものだった。
 卒業間近、校舎裏、卒業証書を受け取った後。
 なんとも感傷的なシチュエーション。だというのに、この女子は断った。
 桜坂優奈。
 名前からして優しそうな印象を受けるのに。
 普段はすごく優しくて、冴えないグループの男子からは女神とまで称される人格者のはずなのに。
 なのに、お断りの返事はこの通りだった。
 俺、沢村竜太は女心というものがよくわからなくなってきた。
 「よくわからない」、なんて単純なものじゃない。
 まったくわからない。
 普段クラスで見せる顔は仮面だったのかと疑いたくなるくらいだ。
「俺のどこが嫌いなんだ? 直せるものなら直すから言ってみてくれ」
「全部よ、全部」
「全部?」
「その顔も体格も性格も特技も成績も趣味も身長も体格も好きなペットも好きな食べ物も嫌いな食べ物も苦手なものも好きな小説もなにもかもよ!」
「そこまでけなされなくてはならないのか……色恋沙汰も厳しいものなのだな」
 正直、そこまで滅茶苦茶に否定されなくてはいけない謂れなどないと思ったのだが、彼女が「大嫌い」とまで言いきるほど、俺は至らなかったのだということか。
 今まで女性に貶されたことなどなかったから気づかなかった。
 そこまで嫌っていたのならば素直に態度に出して「嫌いだ」と意思表示すればいいと思うのだが、そうしないことにはきっと何か理由があったに違いない。
 なにしろ、一度は俺が本気で好感を持ち、交際したいと思った女性なのだから。
 そこまで的外れなことは言っていないはずだ。
「そうか。……今まで悪かったな」
「えっ?」
「俺のすべてを全否定するほど嫌いだったというのに、というか、生理的に受け付けないくらいに嫌だったのに相手をしてくれていたんだな。悪かった」
「……」
「交際を断られたからには、みじめたらしく付きまとったりはしないから安心してくれ。これからも君が活躍することを祈ってる」
「え、ええ……」
 断られたからといって、相手の迷惑も考えないのは不埒者だ。
 俺は決してそんなみっともない真似はしない。それがせめてもの矜持であり、礼儀だろう。
 名残惜しかったが、俺はそのままその場を去った。
 むしり取られたボタンがなかったために、学生服から入ってくる風が冷たい。



「ほんと惜しいことしたな……」
「ほんとごめん!」
 私は、そのまま沢村君の背中を見送っていた。
 しばらく経った後、校舎の陰に隠れていた陽菜がひょっこり顔を出して、今にも泣きそうな顔で謝ってきた。
「優奈ちゃんと沢村君、すごくお似合いなのに……わかってるのに」
「いいのよ。私が勝手にやったことなんだから」
「どうせあたしじゃダメなんだよ! 優奈ちゃんならあのまま付き合ったら理想のカップルだったのに! ほんとにごめん!」
 実は、私は沢村君が気になっていた。
 すごくかっこいいし、身長も高いし、運動神経もいいし(実家が何かの道場らしい)、成績も優秀、性格もいい。ちょっと古風なところがあるけど、親切で誠実で裏表がない。正直に言えばかなり好みだった。
 そう、私は沢村君が好きだ。いや、好きだった。
 じゃあなぜ私、桜坂優奈が断ったかといえば、私以上に沢村君のことが好きな子がいた。
 それがこの陽菜だ。
 比較的活発な私とは真逆といっていい陽菜は、人気者の沢村君にひそかに憧れていたらしい。
 本当は卒業式が終わった後で校舎裏に呼び出して告白しようとしていた。
 しかし案の定、沢村君はあっという間に女子に囲まれて、ボタン争奪戦の渦中にいた。学生服にはボタンが一つも残っていなかった。陽菜も欲しかっただろうに。
 私は元々陽菜と一緒にいる時間が好きだったから、彼女には頑張ってほしかった。沢村君のことは好きだったけど、陽菜に対してよりは好きじゃない。
 私が断れば、陽菜にチャンスができるんじゃないか。
 そう思ったのだけれども、卒業式だからといって引っ込み思案が直るわけでもなく……
「ほんとごめん!」
 今にも泣きだしそうな顔でまだ陽菜は謝っている。
 泣かないで。私まで泣きたくなってくるから。
「今年がダメでも、来年すればいいじゃない」
 私はわかりきっていることを伝えて希望を持ってもらいたい。
「高校も一緒なんだから」
 告白するのはなにも卒業式限定じゃないんだから。
 私の言葉に陽菜は泣き止んで、ここで誓ってくれた。
「私は来年こそ、沢村竜太君に告白します!」
 それは今まで聞いたことがなかったけども、けれどもとても前向きな「告白」だった。
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