銃とロケット

20,今宵、勝利の美酒を

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「ほーら、クリスちゃん! 甘いカクテルだよー? 俺のオリジナル。クリスちゃんって酒も飲めるでしょ?」
「……」
「ほら、手品だよこの中から選んだトランプを当てちゃうよー! びっくりだね!」
「……で、いつになったら黙ってくれるの?」
 クリスティーヌはイライラしたように、五分に一度は腕時計を見た。ここ数日、欠かせないくらいに時間に敏感になっている。
 場所は日本平和維持機関東京支部。

「……いい加減、忘れちゃおうよ」  それがエリスの事だと理解するために数秒かかった。エリスの死など突然すぎて、今でも思い出せないことだ。
「エリス……」 「だぁかぁらぁー、そんな事くよくよ悩んでも仕方がないだろ? 死んだのは事実なんだし」
 あっけらかんと言い放つその姿に悪態をつきたくもなってくる。それでもエリスが認めた男だから、評価はしておこうと思う。
 彼はすっかり出来上がって、もう一度と乾杯を誘っている。
「それでは、今宵勝利の美酒を……」
「一本四百円の安い奴だけどな」
「煩い!私が美酒って言ったら美酒なの!」
 あれからそれほど日が経っている話でもない。
 エリスの言う通りにしていたら……。彼女を亡くしてから、あまり気分はよくない。こんな時にはエリスに話すのに。


 今やクリスティーには日本平和維持機関に身を置いている。それならそれでいいよねと春樹はどこまでも呑気だ。
「……元IOHの私を置いてくれただけでも驚きだわ」
「うちの組織は器のでかさが売りなんだよ」
 春樹はウィスキーを水のように飲んでいる。ザルらしく、一度も彼が酔ったところを見たことがない。父との決着がつき、春樹も過去の因縁を断ち切った。これからは先の事だけを考えていればそれでいい。なのに、不安が消えない。
 育ったIOHという環境を半ば無理矢理とはいえ手放したクリスティーヌには、今現在心を許せる場所などない。
「そんな難しい顔なんてするなよ。……クリスちゃんは俺が責任を持って幸せにしてやるよ」
 調子のいい春樹の声が今は頼もしく感じられる。
 ――もしかして、これが恋?
 恋するお年頃は逃してしまったものの、クリスティーヌはまだまだ若い。今は亡きエリスが言っていたように恋というものは人を成長させるものなのかもしれない。
「……私の幸せは平穏よ。ただ静かに暮らせればそれでいいわ」
 クリスティーヌの返事に、春樹は満面の笑みを浮かべる。
「もちろん! クリスちゃんの幸せは俺が作る。約束するよ」
 そう調子のいい事を言って、春樹がクリスティーヌを抱きしめる。
 ――私が求めていたのは、きっとこんな温もりだったんだ。
 その事を確信する。
 今宵勝利の美酒を味わいながら、クリスティーヌはこれまでの事を忘れようと心に決めた。きっとそれがエリスの望んでいた事だから。


 三年後、クリスティーヌは最高の幸せを手にすることになる。それはまた別の物語の事であるが、平和でのどかな暮らしがあったことだけは確かだ。
 風の噂でIOH瓦解したことを知るのはそれから四年後の事だった。
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