666文字百物語

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  99、クリエイターの苦悩 Pixivでは「413」  

「先生、もうすぐ担当さんが来るそうですよ」
 アシスタントがわたしの代わりに電話に出た。わたしは現在、もっとも神経のいる部分にペン入れ中だ。瞳のハイライトはキャラの表情を決める大事な要素。ここはこだわらなければ。
 もう三日も寝ていない。締め切り間近はいつもこの調子だ。お風呂にも入っていない。それより原稿を仕上げるのが大事だから。それがわたしが選んだ生きる道だ。
 机の上には原稿とGペン、ティッシュ、濃いめに淹れたコーヒー。背景はすでにアシスタントが仕上げてある。あとはメインの人物だけなのだ。そしてそのペン入れだけは代筆など頼めない。わたしが、わたしだけが、このキャラを描けるのだ。他の人間では筆圧が違い過ぎて完璧な線は出ないし、出せない。わたしの物語のイケメンヒーローはわたしにしか描けないのだから。
 切れ目は丸ペン、身体のラインはGペン、細かいしわはカブラペン。いちいち持ち替えて墨汁をつけるから、わたしの原稿は時間がかかる。……あぁ、締め切りまであと一時間。しかしプロとして妥協は許されない。
「こんばんはぁ! センセ、原稿は出来ましたか? 今回も例のメインヒーローの見せ場が楽しみで――」
 担当はわたしの物語の一番のファンだ。だからこそ、厳しい意見をくれたりもする。ちょっとオネエ入ってるけど、わたしを認めてくれるのだから文句はない。
「まだ仕上がってません」
 タイムリミットは迫っている。原稿を完成させなければ、わたしは食べていけない。でも、原稿を完成させたら――
「まだですかぁ? 私もいつまでもセンセの物語を見ていたいんですけどね。でもそろそろ成仏しないと怒られるし」
 わたしのデビューを待たずに死んだ担当は、誰よりもわたしの活躍を楽しみにしている。だけど、物語を完結させたら満足して成仏してしまう。
 プロのプライドか? それともファンを大事にするか。
 いつでもわたしはその葛藤と戦っている。
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