666文字百物語

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  89、わたしはわたしではない Pixivでは「368」  

 わたしはわたしではない。
「○○ちゃん、今日も激カワだったよ!」
「ホント、女の子の憧れよねぇ。十代で結婚して、電撃引退して、二十二でママだもん! やっぱりカリスマは違うよね」
 サングラスとマスク、帽子。このスリーアイテムだけでも十分に顔は隠せるらしい。そう、わたしは『元』カリスマアイドル。というか、トップシンガー? まぁ、だいたいそんなところだ。
 昨今のアイドルは歌って踊れるのが売りのグループが多いが、わたしは群れるのは性に合わない。だから、ただひとりで歌う。必要なら踊りも踊るし、雑誌のインタビューにも答える。ただし、媚びは売りたくないし、プライベートはもっと売りたくない。だから、旦那と別れたことも世間には発表する気は一切ないし、これからもさせない。させてたまるものですか。あんな屈辱、初めてだ。


 子供はかわいいし、出来れば父親もいて欲しかった。けど、わたしのストレスは耐えられないところまで来ていたのだ。子供の幸せのためにはまず、親の幸せがなくちゃダメだ。たかがメイクが落ちたくらいで引くような男、こっちから願い下げだ。
「…………」
 わたしはショーウィンドウを眺める。完璧なバランスの取れた、すらりとしたボディライン。ただし、サングラスとマスクの下は見せられない。わたしの化粧はいつも特殊メイクで吸う時間かけている。元の顔がとてもじゃないけれど見れたものじゃないから。
 テレビに映るわたし自身を見て、わたしは思う。
 貴方たちの見ているわたしは、わたしではないのよ。作り物の、虚飾の偶像が欲しいのなら、そろそろわたしも復帰すべきかしら?
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