666文字百物語
84、歌を忘れたら Pixivでは「485」
歌を忘れた。
まずいぞ、猛烈にまずい。周りの奴らは何事もないように、いつも通り順調に歌声を披露している。……ちくしょう、こっちの気も知らないで!
そんなことを考えつつ焦っていると、この家のお嬢さんが庭に出てきた。裏に一面に広がる日本庭園は、金持ちの証だ。整えられた松の木がバランス良く配置され、大きな鯉が泳ぐような池まである。ししおどしも定番らしく、ちゃんとある。
俺たちは調教されている。ちゃんと時間通りに鳴くように。そうでなければ食事にありつけないように仕組まれている。いや、身体に覚え込まされているんだ。ちゃんと歌わないと、足についた輪っかに刺激がビリビリと送られるようになっている。
「ねぇねぇ、どうしたのよ? 歌わないと、またあのビリビリが来るよ?」
「うるせえな。俺だって歌えるもんなら歌ってるっての! ……歌い方を忘れちまったんだよ」
「えっ? なにそれ? そんなことってあるの?」
「なぁ、どうやって歌ってたんだっけ?」
そんなことを顔なじみと話していると、お嬢さんが食事を持ってやってきた。くそ、今日に限って豪華なおかずじゃないか。
「さぁ、カナリヤさん。今日もわたくしのために歌って頂戴」
俺の周囲の仲間たちは、その言葉通り、一斉に歌い出す。ぴいぴいぴい……その中に俺の汚い声が混じる。
途端にお嬢さんは不機嫌になる。
「歌を忘れたカナリヤは、どうなるか知っている?」
お嬢さんは真っ直ぐに俺に向かって言った。
「隣の庭にいけるのよ?」
歌を忘れたカナリヤ。それほど惨めな生物もない。たぶん。
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