666文字百物語

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  67、顔のいい男と美声の遊女 Pixivでは「375」  

『指切りげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます。指切った!』
 いったい何度、このやり取りをしただろうか? そして一体何人が約束を守ってくれただろうか? ……答えはひとりもいない。誰一人として、あたしの些細な我儘を聞いてなどくれないのだ。
 ここは島原遊郭、あたしは位の低い遊女。あたしの十人並以下の容姿じゃ、出世など不可能だ。目もくらむような美女でもなければ、疑似恋愛を楽しませるだけの技量もない。おかみさんとしても、あたしは邪魔者なんだろう。最近の扱いはすっかりぞんざいだ。ここに来た時には、禿として姉女郎の話に耳を傾けては、男女の夢物語に想いを馳せたというのに。なんてつまらなくて、変化がなくて、くだらない日常なんだろうか。籠の鳥なんて言われるけど、あたしみたいのは籠の中の虫みたいなもの。声だけは綺麗と言われるから、せめて鈴虫にしておこう。みんなが好きだしね。
 そんなある日のこと。変わり者と噂が立つ男があたしを呼んだ。男の身なりはスッキリした美丈夫で、うっかり見惚れたほどだった。
「おまえは声が美しいと聞いた。どんな声をしているんだ?」
 喋ってみろということらしい。本当に変わった男だ。唄えとも言わないで。
 あたしが簡単に自己紹介をすると、男は笑った。
「おまえのような声の持ち主を探していたんだ。俺の女房になってくれ。身請けしてやる」
 何を言っているのだろう? しかし話はとんとん拍子に進み、あたしはこの男と所帯を持つようになった。この男、金持ちだった。
「おまえの声は安心感がある。その声で『おいで』なんて言われたら、誰も逆らえやしない。さぁ、器量の良い娘を攫いに行くぞ」
 なんと、この男、女衒だったのだ。最近ではどこの村でも気を付けているという話だから、あたしを使うつもりなんだ。……やっぱり顔のいい男にいい人はいないんだ。
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