666文字百物語
63、聞きわけのいい子 Pixivでは「319」
あの家は、この時間は誰もいないはず。
会社員時代に稼いだ金は、のめり込んだギャンブルにすべてつぎ込んだ。手元に残ったのは雀の涙の小銭と借金の督促状。俺はどうしようかと悩みに悩んだ。死んだ母さんはよく言っていたっけ。
『いくら困っても、大事な一線だけは決して超えてはいけないよ』
うん、わかってる。わかっているんだ、そんなことは。でも生活にも困るんだ。もう一線がどうこう言ってられないじゃないか。俺は死にたくないし、せめて借金を返してまっとうに生きたいんだよ。
幸い、あの家はずるいことをして儲けたって噂だ。ずるいことは悪いことだろ? なら少しくらいは分けてもらってもいいじゃないか。
窓ガラスを割って、和室に入る。微かにすえた匂いがする。嗅いだ覚えのあるような、でも思い出したくない匂い。金の置き場は仏壇辺りだろう。この時間帯なら、夫も妻も会食で出かけていることは調べてある。祖母と子供が留守番しているはずだが、ちょっと脅せばすぐにビビるはず。
しかし、ビビったのは俺の方だった。
肉がこびりついているのは、たぶん骨だ。小柄なものがゲームで遊んでいる子供のそばになんでもないことのように置かれている。
「ひっ!」
子供が俺に気づいたらしい。
「見たね? でもちょうどいいや。おじさんもお金に困ってるんでしょ? だったらお金をあげるから、おばあちゃんを殺したのはおじさんってことにしてくれない? そうすれば百万くらいはあげてもいいよ」
子供はなんでもないことのように言う。そしてため息をついた。
「父さんも母さんも、おじさんみたいな人が来るのをずっと待ってたんだよ。どうせ、失うモノなんかないでしょ?」
冷ややかに、子供は婆さんの死体を見た。子供を相手にしているはずなのに、俺はただこくこくと頷いていた。
気づいたら俺は逮捕されていた。
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