666文字百物語

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  54、弟想い Pixivでは「385」  

 あたしの弟は、とてもかわいい。歳の離れた子だから、物心ついた頃に生まれた。だからあたしには物事が大体わかっていたし、弟は素直にあたしの言うことをきくから、ますますかわいく思えるのだ。この子にはどんなことでもしてやりたくなる。たとえ無茶なことだろうが、なんでも、どんなことでも。
 でも気に入らないの点がひとつだけある。あたしをお姉ちゃんと呼ばないのだ。ずっと名前で呼びすててくる。それ以外は不満がない。
「なんであたしのこと、そんな風に呼ぶの?」
「……だって、そう呼びたくないんだもん!」
 最愛の弟にそう言われてしまえば、あたしは引き下がるしかない。どうもあたしは子供の頃からこの子には甘い。ダダ甘だ。あたしと弟では、通う學校も離れてしまっている。だから弟の様子など知る由もないのだ。


「最近は弟が生意気なのよ。どうにかならないかしら?」
「男の子なんてそんなものじゃないかしら? 弟さん、素直なんでしょう? ならそれでいいじゃない」
「そうよ。うちも兄がいるけどね、男なんてみんな同じよ? みんな下品なことばかり考えてる。それが普通なの」
 友達はそう宥める。男兄弟って、どこもそんな感じなのね。お互い苦労するわよね。
「そんなことより、常盤座のチケットが手に入ったの! 一緒にどうかしら?」
 話題が変わり、みんなが乗る。女學校はいつもこの調子。弟を誘って一緒に出掛けてみようかな。肉親なら一緒に出掛けてもいいわよね。なにせうちの學校は不純異性交遊は退学なんだから。あの子に何か買ってあげよう。あたしの大事な弟に。たとえそれが遊女だろうとも。
 本当はあの子があたしの名を呼ぶ理由なんて知ってるのよ? でも知らないことにしてる。貴女は、いったいなぜだと思う?
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