666文字百物語

モドル | ススム | モクジ

  49、好き、スキ、隙  

『オレ! オレだよ! 母ちゃん、助けてくれよ!』
 ……これはひょっとしなくとも今時流行のオレオレ詐欺というやつだろうか?
 わたしは電話機の向こうでひたすた「オレオレ」と繰り返す、聞き覚えのない声を聴いている。いっておくけれど、わたしには息子はいない。娘もだ。だからこれは間違いなく詐欺。それにしてもよりにもよってわたしを狙うだなんて、相手はとんだおバカさんだ。わたしの夫は警察官で、この手の詐欺の対策はばっちり教わっている。この際だ、世間のためにも、この電話の向こうにいる坊やには少し痛い目を見てもらいましょうか。
「あぁ、○○かい? どうしたんだね? お金がいるの? どこに振り込めばいい?」
「××銀行の、◇◇支店に。早く頼むよ。訴訟を起こすって聞かないんだよ」
 相手はわたしが騙されていると思っている。本当に救いがたいおバカさんだ。
「わかったよ」
 わたしは愛想よく電話を切った。あとは通報するだけだ。夫に電話して、警察に待ち伏せしてもらおう――そんなことを思ってふと部屋の隅を見たら、そこにはどこか見覚えのある少年がいた。どこかで見たような気がするけど、思い出せない。
「……ひどいよ、母さん」
 その声は、今まで話していた相手と同じ声。わたしは思い出してみる。昔、夫以外の男の子供を産んだことがあった。この子はその子にそっくりだ。
 けど、もう死んでいるはず。死んだと聞いた。
 その子はわたしをじっと睨みつけていたが、しばらくするとわたしは自分の身体が金縛りにあっているのだと悟った。これからどうなるのか、わたしにはわからない。
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