666文字百物語
45、このはし、わたるべからず
『このはし、わたるべからず』
うん、俺だってさ、字は読めるんだよバカにすんな。……で、この橋っていったってさ、手すりもないし、欄干もない。ただし下には何か水らしきものが流れてる。俺が行かなきゃいけない所、行くべきところに行くためには、この橋を渡らなきゃいけない。困ったな。……なんて、そんなことで悩むほど俺もバカじゃない。ちょっと頭を使えばいいだけの話だ。爺さんから聞いたことがあったっけ。
『いいか? はじっこを渡っちゃいけないんなら、真ん中を通ればいいんだ』
そう、その通り。あくまでただのとんちだが、ここの決まりを破ってるわけじゃない。それに俺が行くのは、みんなを苦しめる奴を成敗するためだ。多少のとんちは見逃してもらおう。
そう決めて、俺は橋の真ん中を歩き始めた。奇妙な橋だ。真ん中だけ筋のような線が入っている。装飾? そんなわけがないか。そんな無駄な装飾をするくらいなら、最初から欄干くらいはこしらえているだろうし。
と、橋を歩いている時、揺れた。それもかなりの揺れだ。
「なんだ?」
橋が、大きく揺れる。ぐらぐら、なんて生易しい表現じゃない。もっと、こう、見えない何かが無理やり揺らしているようなものだ。周囲の確認がてら上を見上げると、そこにあったのは大きな顔。女の顔だ。……もしかしなくとも、彼女が俺の使える姫様なんじゃないのか? と、いうことはこの『はし』は――
「もう、すっかりお腹が減ってしまったわ。早く夕餉にしましょ」
『橋』ではなく、『箸』だったわけか。道理で、『このはし、わたるべからず』ってわけだ。
……あ、俺? 今まさに、汁物のに向かってまっさかかまの最中だよ。あーあ、これからどうなるのやら。
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