666文字百物語
34、電子の歌姫
伸びないなぁ。
PCのブルーライト対策の眼鏡を外して、あたしはため息をつく。見ていたのは世界的に有名な動画サイト。あたしはここで、歌い手として活動してる。
時には褒め言葉、称賛のコメントがつくこともあるけれど、九割は否定的なコメントばかり。「声が汚い」「原曲に失礼」「もうやめたら?」。数々の言葉は音もなくあたしの心を傷つけていく。
声が汚いと言われるのが一番こたえる。元々高い声は出ないものの、高額なボイストレーニング代を支払ってトレーニングしてるのに、あたしの持って生まれたこの声は変わらない。低音しか出ないくせに、無理して高音を出しているのがそう罵られる原因だとわかっていても、少女らしいかわいい歌が歌いたい。切ないラブソングを歌いたい。そうしていつか、本物の歌手として認められたい。ネットアイドルでもいい。あたしは容姿にも恵まれてはいないのだから。
「それなら望む声をあげようか?」
一人で歌っているいつもの場所に、輪郭がぼやけた少女の姿が見えるようになったのはいつからだろう。彼女はある日突然にそんなことを言い出した。正体はだいたい察しているものの、その一言には抗えない魅力があった。
「かわいい高い声が欲しい」
少女は笑うと、あたしの喉に触れた。一言喋っただけで、声質が変わっていた。コンプレックスだった声が変化し。あたしは満足だ。動画の再生数も一気に上がっていく。文字通り桁違いだ。
あたしはあらゆる曲を歌って、唄って、謳い続けた。その度に寄せられる羨望の声に、あたしは心地よくなる。欲しかったものはこれなのだから。……たとえどんな代償を支払おうとも。
『でもその代わり、一曲歌うごとに、一年寿命を貰うよ?』
その約束通り、あたしは十代半ばにして、外見は既に四十代だ。でも、顔の出ないネットなら関係ない。あたしはみんなが望む歌姫になったのだから、それで満足なのだ。
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