666文字百物語
32、ヘル・トラベル
あたしは旅人。生まれた時からあちこちを旅して暮らしてる。旅はあたしのライフワーク、あたしの生きがいだ。
そんなあたしは、当然夜行バスに揺られるのにも慣れてる。今日はやけに酔っ払いが多いなあ。バスの中がお酒くさい。あたしは気分を変えるためにバスの窓を開けたかったけれど、窓ガラスは開かないように固定されてる。……困ったなあ。こんなお酒くさい空気の中で寝るの? でもしょうがないか。
激しく揺れるバスの音に、あたしは眠っていた瞳を開けた。どうやらなにかがあったらしい。バスは揺れて、揺れて、どこかにぶつかったようだ。旅慣れてるあたしでも心配になって、運転席まで行ってみる。そこにいたのは、ブランデーを片手にバス独特の大きなハンドルを持つ車掌の姿だった。
「なにをしてるんですか!?」
「なにって……君たちを無事に地獄までの旅を過ごさせるために決まっているだろう?」
あたしは行き先を告げる表示板を見た。そこには『地獄行き』と赤々と書かれていた。酔っ払いの車掌は酒呑童子と名乗った。道理で酒を呑むわけか。あたしは不思議と恐怖はなかった。地獄への旅、いいじゃないの。
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