666文字百物語
136、惚れたら一途、でも本当はね Pixivでは「378」
この世はもう疲れた。浮世の動乱から逃れたい。すべてを放棄したい。
彼はそんな顔をしていた。わたしは彼に惚れている、ぞっこんに。
特に顔がいいわけじゃない。取り立てて取り得もあるわけじゃない。稼ぎがいいわけでもないし、そもそもわたしたちの関係は大っぴらにはできないものだ。 それでもわたしは惚れてしまったんだ。
惚れたはれたで月日を費やすような年頃じゃないのに、年端もなく夢中になってしまった。
どこがどう、とはいえない。すべてが好きだ。その彼はよく零す。
「……どこか遠くに行きたいな」
その度に、わたしは彼に惹かれた理由を悟る。同類だからだ。生活に疲れて、もう何もかも嫌になったっていう、同類。同病相憐れむ。
「遠くなら、すぐに行けるわよ」
遠く。生活から逃れられる場所。あの世。
「心中しましょ? ここには川もあるし、ちょうどこの時期なら増水しているし。確実よ」
わたしは疲れていた。……そう、つかれていたんだ。
翌朝目を覚ますと、枕元には金目のものが転がっていた。あーあ、またやったのか、あの娘は。
あたしの中にあたしじゃない誰かがいることは知っていた。知っていて放置していたんだ。あの娘の性格なら男を引っかけるのは簡単だから。それでいて心中しようと持ち掛けた男から金品を奪う。
「足がつかないようにするのも大変なんだよ?」
でも、あたしにとって害にはならないんだし、ま、いっか。
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