666文字百物語

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  130、理想の嫁 Pixivでは「469」  

「帰った、腹減った、飯。それから風呂、んで、寝る」
 俺はネクタイを緩めて、シャツのボタンを開ける。  夏だからといって、うちの会社はクールビズなんで行うような洒落た職場じゃない。給料だってそこまでいいわけじゃない。冷房なんて、もう故障したままで放置されている。それでも会社は会社として成り立っている。社会は商品を売り買いするだけが仕事じゃない。その下請け、部品を作る工場がなければ、そもそもビジネスなど成立しないのだ。いわば俺たちは縁の下の力持ちだ。もう少し感謝してくれてもいいと思う。
「はい、おかえりなさいませ。お疲れ様です。お申しつけ通り、冷房を入れて、食べたいと仰っていたリゾットを用意しておきました。お風呂は、この時期は三十八度をご希望でしたよね? ベッドメイクもすでに済ませておきました」
 妻は俺の言ったことを反芻するように一気にしゃべった。
 人生失敗したかと思っていたが、俺にとっての唯一の幸運は、この女が俺の妻だということだ。これだけ気が利く、というか言いなりになる嫁など滅多にいないらしい。
 他の家庭の話を聞くと、たいていはしょうもないことで嫁がケンカを売ってくるらしい。主に給料が少ないとかなんとか。
 それに比べれば、俺はまだましだと思える。それだけはこの女の長所だ。少し表情には乏しいが。


 その家庭の様子がモニターに映し出されていた。それを見ているのは白衣を着た科学者だ。
「……サンプルの成績は目標以上ですね。もう実際に販売してもいいのでは?」
「うーむ、もっとデータを取りたかったんだがなぁ。もう予算も尽きかけたしな。この男にはこれまでの使用料を支払ってもらおうか」
 人工的な理想の嫁ロボット。その生産ラインはすでに確立されている。それを知らない彼は、たぶん幸せ者だ。
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