666文字百物語
121、彼女だけが知っている Pixivでは「325」
「ねぇ、あなたはどっちがいい? 男の子? それとも女の子?」
妊娠中の妻なら誰もが言いそうなことを、例外なく俺の妻も言った。俺と妻はずっと子供が出来なかった。だから、妻が妊娠したと聞いた時には大喜びで、ついうっかりアルコールを勧めようとしたくらいだった。妊婦にアルコールは厳禁だ。
「そうだな……一緒に遊んでやれるのは男だけど、やっぱりかわいいと思えるのは女かな」
大きくなった妻の腹を触る。そこにはもう一つの命が脈打っていて、これが幸せの音かと思った。人生で二度目の、幸せの音。一度目は教会での結婚式だった。
「この子はパパに似るのかな? それともママかな?」
妻も幸せそうに腹に向かって訊いている。あなたは男の子ですか? それとも女の子ですか? どっちでもいい、健康で生まれてくれるのなら――
「あ、そろそろ面会時間が終わっちゃう。また来てくれるでしょ?」
「もちろん」
俺はそう言い終え、いつもの通り病室を出る。妊婦を刺激しちゃいけない。ここにはたくさんいるんだから。
その時、妻の病室の方に若い男が歩いていくのを見た。どこか雰囲気が妻に似ている。兄弟か何かか?
いけないとわかっていたものの、気になった俺は後を追った。そこでは妻がその男と親しげに話していた。
「おい!」
妻は驚いてこちらを見た。腹に手をやったまま。その時悟った。ずっと子供が出来なかったのは、俺の身体に問題があったから。腹にいるのは、他の男との間の子供。
俺は男に向かって近くにあった果物ナイフを振り回した。妻が悲鳴を上げる。
「やめて! この子は――」
あなたの子供でも、この人の子供でもないの――
じゃあ誰の子なんだ?
妻は答えなかった。いったい誰の?
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