666文字百物語

モドル | ススム | モクジ

  119、もうカメラには写らない Pixivでは「320」  

 もう、わたしを撮らないで。わたしはもう、モデルはやめたのよ。
 そんなわたしの苦しみを知らないで、記者たちは連日うちのマンション前を徘徊している。なんでこんなことになったんだっけ?
「○○さーん! 一枚でいいんです、一枚だけ! とびきりの笑顔を!」
「日本中が熱狂した女神の頬笑みを是非に!」
 わたしは、売れっ子の写真家と交際していた。だからいつも最高の笑顔を撮ってもらっていたし、いい仕事をしてきたという自負もある。彼とわたしは最高のコンビだった。……なのに、彼はあっさりわたしを捨て、わたしよりも若いアイドルと付き合い始めた。それが気に食わなくて、もっと言えばプライドを傷つけられて、引き篭もることにした。他の女相手にデレデレする彼の姿も見たくなかった。わたしが彼に向けてしか笑わないように、彼もわたしにしか笑顔を見せてはいけなかったのに。
 あまりにも相手の女が憎らしくて、わたしは呪いというやつをかけてみた。昔、本で読んだ幼稚なおまじない。それでも気分は安らかになった。でも――
「ほら、カメラがあんたを呼んでるわよ。行かなきゃ。あんたって、目立つの好きでしょ?」
 こいつにだけは言われたくない。わたしは肩のところに出来た人面痘を睨みつける。その顔は、わたしから彼を奪ったあの女のものだ。こんな醜い姿、写真になど治められるわけにはいかない。
「黙ってなさいよ」
 わたしの部屋には、彼が眠っている。彼の眠りを妨げたくない。わたしは、ずっと彼と一緒にいるの。だから、もうカメラには写らないの。
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