666文字百物語

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  112、勝利の秘訣 Pixivでは「302」  

 プロ棋士が人類の作りだしたAIに容易く負ける。  それは将棋を愛するすべての人にとって、憂慮すべき事態だった。かつての将棋少年たちは大人になり、昔憧れていたプロの世界に入ろうとしたことは、今や昔の思い出話。だからこそ、プロには簡単に負けて欲しくない、応援している棋士には常に勝ち続けて欲しかった。それが現在大多数のかつての将棋に賭けた元少年たちの望みであった。
「……負けました」
 その試合は、年配のプロ棋士――八段の段位を持つ棋士の敗北宣言だった。彼が対峙していたのは、まだ年端もゆかない少年だった。中学生ならばまだ敗北にも諦めがついたのかもしれないが、生憎と更に幼かった。
 百四十センチにも満たない、低身長にあどけない笑顔が子供らしい、小学生の少年がプロにそう言わせたのだ。
 対局の様子はテレビで全国中継され、その少年の名、身元を知りたいという電話がテレビ局に相次いだ。しかし、不思議なことに誰もその少年の素性を知る者はいなかった。ただ、敗北した棋士は、少年をたたえ、こうコメントした。
「かつての○○名人を思い出さずにはいられませんでした。昔は負け続けたものです」
 いつしかスタジオからは少年の姿はなくなっていた。
「僕が勝つ前に亡くなってしまいましたし。彼と勝負できたようで、懐かしい気持ちになれましたよ」
 電気屋のショーウィンドウ越しにテレビのインタビューを聞いた少年は笑う。勝てるのは当たり前だ。なにせあの棋士が手本としている戦法は、自分が考えだしたものなのだから。
「……俺もだよ、坊や」
 かつての竜王は願いが叶って、満足して成仏していった。
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